やけに破れている本だと思っていた。古本、岩波文庫赤帯、回想録、上下巻の2冊セット、カバーなし。古本でしか手に入らないもの。英語で1章分の抜粋を読んだあと、通読したくてネットで買った。
「これは私に必要な作品だ」という勘は当たって、どんどん読み進められる。ページの3隅が茶色く焼けているのに加えて、下の方が小さく破れている。高まっていく知的な興奮に、残念な気持ちがちらつく。説明欄に書いておいてほしかったな。でも安かったから仕方ないか。あーあ。
上巻の半分を過ぎたころ。左のページの文章を読み終えて、次のページに行こうとした。少しだけ視線をずらした。私の指がページをぴりっと破いていた。合点がいって、ページの端をそっと触ってみた。またぴりっと破れた。「なんて馬鹿なことを」と吐きつつ、「いや、偶然かもしれない」とも思い、もう一度別のページで試してみた。私じゃん。
「何度も読み返す本になりそう」という予感を強めていたので困った。がしがし読むのに耐えられない。「ええい、売ってしまおう!」と決めて巻末を見たら、初版本だった。「この繊細さは初版でいらっしゃったからなのですね」と思うと売りにくくなった。無邪気な犯行も愚かだが、社会的に価値のある人だとわかって態度を変えるような真似もまた愚かだ。誰かのせいだと疑ったことも恥ずかしい。主人公のまっすぐな生き方は私に、この本を読むのに値する、所有するのに値する人間かと問う。
「日本の古本屋」で別の古本を探す。上下巻セットで、発行年が新しいもの。
背筋を伸ばし、「お取り扱いありがとうございます。誠に恐縮ながら、再度注文いたします。つつしんで拝読する所存でございます。よろしくお願いいたします」と一礼してから決済ボタンを押した。