大学図書館のOPACで本を検索すると、何茶等甘茶等研究所図書室に配架されていることがある。これは私の雑な当て字だけど、とにかく漢字が連なる硬い名前の場所にあるということだ。私の推測では、何茶等甘茶等研究所図書室がどこにあるかはなんとなく知っていても、実際に行ったことがある学生、利用したことがある学生は多くないと思う。図書館の本館と、何茶等甘茶等研究所図書室両方に配架がある場合、私は迷わず本館で借りる。しかし私の志向や立脚点の関係で、ここのところ立て続けに、何茶等甘茶等研究所図書室にしかない本が必要になった。これはもう抗えないと、病院の帰りに大学に寄り、未知の場所への探検を始めた。
平日、午後2時あたりのキャンパスは、ちょうど3限が始まった頃で、歩いている人が少ない。向こうから学科長が歩いてくるのが見えた。下手に通り過ぎるのも、隠れるのも身が危ないので、声をかけて挨拶する。「ああ、川瀬さん」「来年度も継続されますか」と言われた。以前少しお話しただけなのに、今夏で研修が終了すると知っているということは、秋学期入学者と知っているということで、なんでそんな些事を覚えていらっしゃるのかと言えば、学科の研修生が他にいないからである。指導教官ではないから、授業を受けてないから、授業外の時間だから挨拶せずに通り過ぎてよいのではなく、それがゆえに挨拶しておいたほうがよい。
「今日は面談ですか」と聞かれて、いえ、何茶等甘茶等研究所図書室に行きますと答えた。「ああ、それは結構」とほほほんと言われたので、やっぱり挨拶してよかったと思った。何茶等甘茶等研究所図書室がある建物を聞くと、「ああ、何茶等甘茶等研究所図書室笑」と、ほほほん言われた。すぐそばだった。
普段、人があんまり来ないんだろうなという感じの、独特な建物、フロアだった。エレベーターから出てすぐのところに、「何茶等甘茶等研究所図書室」という看板の扉が3つあった。その先に、扉が開いた部屋があった。学科長と話したあたりから汗をかいていたので、ハンカチを取り出してぬぐう。夏の火照った体は、すぐには落ち着かず、息を吐くたびに汗も出る気がする。治まらねえ、静まらねえ、あーーー、暑い。リュックを開け、ペットボトルを取り出し、フタを開け、水を飲み、フタを閉め、ペットボトルをしまい、リュックを閉める。
その一連の音と、空気の動きを察知したのだろう、扉が開いた部屋から、職員らしき年配の女性が飛び出してきた。私は落ち着いてから行きたかったのに、何茶等甘茶等研究所図書室の使い方がわからず困って落ち着かないと思われたのだろう、ていねいに、「何茶等甘茶等研究所図書室へ御用ですか。大丈夫ですよ、こちらです」と扉の空いた部屋に案内された。私は「え、あっ、はい」と流され、指示に従う。自分の挙動不審に耐えきれず、「あの、ここ、うかがうの初めてで。よくわかんなくて。すみません」と切り出した。ワンオペの職員さんがゆっくりにこーっと笑う。「大丈夫です。ご案内します」
人が来るのが珍しいのか、マニュアル説明がまったく機械的じゃなく、冷たくない。「まずは学生証をお預かりします」と言われて渡した学生証を、両手の指をそろえて受け取られた。「続いて、ロッカーにお荷物を預けていただきます」と言われる。本館では荷物を預けるなんてしない。やはりここは何茶等甘茶等研究所図書室。硬いんだな、厳重だな、あーとか緊張する。OPACの画面を開いたスマホを手元に残し、荷物をロッカーに入れて鍵を閉める。グリーンのプラスチックタグがついた鍵。
「それでは参りましょう」と言われ、私たちは部屋を出る。彼女は扉を閉めて、ジャラジャラと音の鳴る鍵束の中から鍵を選び、鍵穴に差し込んで回す。カードでピッ、タイプの出入りではないのだ。何茶等甘茶等研究所図書室の本体は5歩先にあるというのに、彼女はワンオペゆえに、また設備投資がされないゆえに、都度鍵を開け閉めしないといけない。
何茶等甘茶等研究所図書室は3部屋あり、すべてジャラジャラ系の鍵で施錠されている。「何茶等甘茶等研究所図書室を利用されるときは、お渡しする鍵で開け閉めしていただきます」と教えてもらう。私がこれまで鍵を使ったことがないかのように、イエローのプラスチックタグのついた鍵を両手で私に握らせる。差し込んで左に回すのを見守られる。うまく、というか鍵を開けるのにうまいも下手もないのだけど、うまく開いたとき、彼女は「そうです!」と言った。何茶等甘茶等研究所図書室に来るには、多かれ少なかれ勇気が必要だ。彼女はそれを誰よりもわかっている。ここに来ることが、鍵を開けることが、どれくらい当たり前じゃないことなのか知っている、と言いたげな所作に、背筋が伸びた。
本棚に、見事にいかつい本が並んでいた。「ほらこうやって」と、彼女は本棚の横のレバーを回してみせる。「狭い部屋なので、こうやって都度動かしてください」と言った。本棚と本棚の間に空間ができる。「退室する時は鍵を使ってくださいね」と言われながら、私は目当ての本を見つけてしまった。なので、ふたりで扉を開け、鍵を閉め、5歩歩き、受付の部屋の鍵を開け、扉を開けた。彼女は本の貸し出し手続きを始める。私はロッカーの鍵を開ける。
「ごめんなさいね。図書室が狭いので、お荷物を預けていただいたほうが動きやすいんですよ」
何茶等甘茶等研究所図書室という名前、人を見かけない建物、薄暗いフロア、青白い光、5歩でもかけるジャラジャラの鍵、いかつい本。この文脈で、ロッカー設置の理由が、「狭いから」だった。私はいたく感激した。何茶等甘茶等研究所図書室が何茶等甘茶等研究所図書室という名前でよかった、おかげでやさしさのコントラストが眩しい。
手書きのレシートを挟んだ本を両手で渡され、両手で受け取った。















