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  • 「close reading(精読)ができるようになりたい」と思い続けてきた。何が精読かわからないまま。大学2年生の時、初めて小説の原典を読み、グループワークをした。私の読みを話した。エピグラフにある “Only connect!” という言葉が、全44章中の第22章にある。小説のモデルになった家は9つの部屋があり、登場人物の赤ちゃんが家の真ん中で生まれたのは、5という数字が関係すると思う。第5章にベートーヴェンの交響曲第5番が出てくるのは偶然じゃないと思う。細かいところから、全体を解釈した。クラスメートは顔をしかめた。教授は私を黙って見つめてきた。何か読み方が違うのだと思った。授業のあと、教授とのお茶会で笑うクラスメートを見て、文学のゼミには行けないと思った。違う読みをしてしまう。それはどうにかして直さなきゃいけない。正しくならなければ。

    20年後、別の大学で、研修生になって最初に書いた詩の論文には、あまり精読の結果を書かずにいた。過剰な読みとか、変とか言われるのが、たぶん無意識に怖かったのだと思う。だけど、今の指導教官は頭が切れるのである。「精読をもっと見せて」と言われ、逃げられなくなった。

    私には、授業で扱われた詩が、周りの学生が言うような暗い詩には思えない。暗い、ねちっこい音もあるけれども、そのわりには遊び心のような、浮遊感のある音が多すぎる。詩人が「自殺した」という事実に引っ張られて、死の前兆のように見えるが、その日に致命的な瞬間が訪れて境界を越えてしまっただけで、彼女は空想の中で、もう何度も軽く死んでいたのではないか。それが、「また死んでリセットしちゃお」くらいにも取れる、軽い感じで。

    正しくないのだろうと、苦い顔をされるのだろうと、びくびくしながら自分の読みを見せた。明らかな誤解やミスで先生の手を煩わせたときよりもずっと怖かった。私がこう読むのは、こう読んでやろうではなくて、こう読んでしまうであり、精読がわからないままずっと来た、文学のゼミを一度諦めたぶん、存在に直結している。なんかそんなの重すぎるだろうと自覚はあるけれど、この感じで来てしまったので仕方ない。

    先生は “tremendous sensitivity” と言った。この “tremendous”、「すさまじい」は、引いている感じがあるが、文脈的に褒め言葉だった。自分で何をやってるかわからない、と言う私に、先生は「精読、できてるよ」と言った。そうか、これが精読なのか、と受け入れるのは時間がかかった。習ってないので、何が精読かわからないが、手元にあるのは精読らしい。大学2年生の時のレポートを読んだら、今のとたいして変わらないように感じた。ずっと同じことやってるだけなんですけど、これが精読なんですか、と聞いた。先生は「当時もできてる。今の方がアカデミックに統制が取れてる」と言った。

    そうか、これが精読なのか、と思って、来年はこれを突き詰めたいと思った。何をやってるのかもっとわかりたい。楽しみたい。その申し出を先生は許可しなかった。「もっと先に行きなさい」「何のために読むのか、そういうふうに読むことがどういう力をもつのか、考えるべきだ」。せっかく自分が何してるかわかったのにと、煮え切らない私に、先生は “add adjectives to your formalist close reading”(あなたの形式主義的な精読に形容詞をつけなさい) と言った。形容詞は、たとえば、マルクス主義的、フェミニズム的、クィア理論的、脱構築的、などがあるよ、自分で選んで、と。

    私の得意な精読は、音や意味や品詞や文法など、ミクロなところに着目する。私は根っからのformalist、形式主義者。形式主義的な精読はテキストで完結してしまうという意味で、他に接続しない。クラシックな読みであり、批評理論史的には古い読みだ。そこから次に行くことは、そういう精読を否定して、新しいものを学ぶことだと思っていた。だから抵抗していた。けれど、先生は「形容詞をつけなさい」と言った。形容詞は、修飾先の名詞が必要。形式主義的な精読という名詞は維持していい。維持しなさい。そのうえで、修飾語のバリエーションを増やしなさい、形式主義的な精読の使い方を研ぎなさい。

    (なんか淡々と書いているが、実際の頭の中はもっとぐちゃぐちゃしていた。できていると言われたことを素直に受け止められない自分。ようやく自覚できたのにそこにい続けるべきではないと示唆されたこと。ここまで20年かかったこと。引かれたときの空気。あの小説で響き続ける “Only connect!”。つなげばいい、つなぐだけでいい、つなぐことさえできれば。正しい訳はどれ。ココイチうまい。音楽を大音量で聞きながら泣いた。ヘッドフォンにこもる音で自分を落ち着かせようとするみたいに)

    翌日、再度研究室を訪れた。自分で選んだ形容詞、来年度の計画を持って。先生はそれを承認したうえで、「その形容詞を学ぶなら、これと、これと、あとこれも学ぼう」と地図をほいほいくれた。

    自分が何をやってるかわからない、やってることが望んでいたものだとわかった、もっとそこにいたい、と、ある意味で守りに入ろうとする私に、先生は「出ろ」と言った。でも破壊的な無理強いではなく、「形容詞」と言った。「あなたが『形容詞をつけろ』と形式主義的な言葉をつかったのは、形式主義者の私が受け入れやすいようにと考えたからですか。意図的な選択でしたよね」とたずねたら、先生は「うん」と笑った。

    <論文で取り上げた詩と日本語訳>

    In the Black Forest – Amy Levy

    I lay beneath the pine trees,
    And looked aloft, where, through
    The dusky, clustered tree-tops,
    Gleamed rent, gay rifts of blue.

    I shut my eyes, and a fancy
    Fluttered my sense around:
    “I lie here dead and buried,
    And this is churchyard ground.

    “I am at rest for ever;
    Ended the stress and strife.”
    Straight I fell to and sorrowed
    For the pitiful past life.

    Right wronged, and knowledge wasted;
    Wise labour spurned for ease;
    The sloth and the sin and the failure;
    Did I grow sad for these?

    They had made me sad so often;
    Not now they made me sad;
    My heart was full of sorrow
    For joy it never had.

    松の木の下にごろんと横たわって、
    上を見上げてみる。
    うっそうと茂る梢のすき間から、
    ちぎれた青空が、明るく、きらきらと覗いている。

    目を閉じると、ちょっとした空想が
    私の感覚のまわりを、ひらひらと飛びはじめる。
    「私はもう死んで、ここに埋められているんだ。
    ここは教会の墓地なんだ」って。

    「これでもう、ずっと眠っていられる。
    しんどいことも、争いごとも、全部終わり」
    そう思うなり、私はさっそく悲しみに取りかかった。
    惨めだった、これまでの人生のために。

    踏みにじられた正しさ。無駄にした知識。
    楽なほうに流れて、蹴っ飛ばした大事な仕事。
    あの怠惰と、あの罪と、あの数々の失敗。
    私が悲しくなったのは、ほんとうにこれらのため?

    そんなことには、さんざん泣かされてきた。
    でもあのとき私を悲しませたのは、もうそれじゃなかった。
    私の心をいっぱいに満たしていたのは、
    この心が、一度も持ったことのない「喜び」のための悲しみだった。

    <今年書いた論文からの抜粋(オリジナルは英文)>

    詩「In the Black Forest(黒い森にて)」は、植物のイメージを用いることで、光と闇を「同じ一つの生命の営み」の表裏として共存させています。語り手もまた、この植物のあり方に倣うようにして、森の中にある「完全には名付けようのないもの」のそばにとどまることを選びます。

    第1行の「pine(松)」という言葉は、「切望する(pine)」という動詞の意味とも響き合っています。この言葉は歴史的に強いネガティブなニュアンスを含んでいましたが、著者のレヴィの時代までには、より中立的な「憧れ」を意味する言葉へとニュアンスが和らいでいました。語り手は冒頭から、自分自身を木々と同じ生命の営みの中においています。木々が光に向かって空へと伸びていく(第2行の「looked aloft(上を見上げてみる)」)まさにその時、生い茂る梢は足元に暗闇を作り出します。この逆説によって、光と闇は対立するものではなく、同じ生命の営みがもたらす二つの側面となるのです。第4行の「rent(ちぎれた)」からは、木陰を引き裂いて差し込む光の様子が伝わってきます。

    第16行の「Did I grow sad for these?(私が悲しくなったのは、ほんとうにこれらのため?)」にある「grow」という動詞は、自動詞として「感情が植物のように育っていくこと」を意味すると同時に、他動詞として「自分のなかに生まれる感情を、自らの手で育てる意志」をも暗示しています。松の木と同じように、語り手もまた、光を追い求めるプロセスの中で闇を蓄積していく存在なのです。

    第4連の「Right wronged, and knowledge wasted; / Wise labour spurned for ease; / The sloth and the sin and the failure;(踏みにじられた正しさ。無駄にした知識。楽なほうに流れて、蹴っ飛ばした大事な仕事。あの怠惰と、あの罪と、あの数々の失敗)」は、摩擦音や鼻音、接近音が連なり、まるで長く絡み合う根のように複雑にねじれています。そこへ、物憂げにつまずくような母音 [æ] を持つ「sad(悲しい)」という短い単語が、唐突に響きます。この言葉の最後にある「d」の音は、過去分詞の「d」の響きと重なり合い、積み重なった過去の失敗の重みをそこに繋ぎ止めるかのようです。その一方で、「a fancy / Fluttered my sense around(ちょっとした空想が私の感覚のまわりを、ひらひらと飛びはじめる)」(第5-6行)というフレーズや、詩全体に見られる女性終止(アクセントのない音節で終わる行末)は、軽やかで遊び心のある浮遊感を生み出しています。

    第19-20行の「My heart was full of sorrow / For joy it never had(私の心をいっぱいに満たしていたのは、この心が、一度も持ったことのない「喜び」のための悲しみだった)」では、「sorrow(悲しみ)」が「aloft(高く)」や「heart(心)」と響き合う豊かな母音を持っています。一方で「had」という過去形は、「喜びの不在」をあくまで過去のものの中に閉じ込め、その先に広がる未来を閉ざさずに残しています。「fancy(空想)」のなかで、語り手は「dead and buried(死んで、埋められて)」(第7行)いますが、これは過去とともに一度軽やかに死ぬことを意味します。

    森において、死は終わりを意味しません。枯れたものは分解されて土に還り、そこからまた新しい命が育ちます。この森という環境において、「full of sorrow(悲しみで満ちている)」という状態は、不毛な終わりではなく、悲しみと喜びの双方を内包した「これからの蕾」として機能しているのです。過去形を使って語られていることは、語り手が今も生き延びていることの証です。語るという行為そのものが、生き続けていることの証明にほかなりません。

    レヴィはこの詩を通じて、矛盾を強引に解消するのではなく、そのまま抱え込んで生きる姿勢を肯定しています。それは、当時の社会が求めた信仰、ジェンダー、職業といった硬直した枠組みにはまることのできなかった彼女にとって、生きていくための極めて重要な戦略だったのです。

  • 「ふたりでごはんを」のつづき。

    基本的に夕食は夫と食べるので、私がひとりで夜遊びすることはまれだ。予定が入ったと言えば彼は嘆く。「ぼくの、ぼくの、ごはん・・・」「えーん」とふざけつつ寂しがる。彼にとって、ごはんは私の作るものか、私と作るものであり、私と食べるものがよい。この意味で、外食も、テイクアウトも、スーパーの総菜も、私が関わっていないという意味で同レベルだ。私が仕事や勉強で家事に手が回らないとき、「適当に買ってきて食べて」という台詞が続くと、彼は元気がなくなる。悪いことをしてこちらの気をひこうとするかのように、ジャンクフードに走る。私がいつもの食事に復帰すると、それだけで楽天パンダのLINEスタンプのように、きらきらと目を輝かせてよろこび、楽しそうにごはんを味わい、しらふなのに酔う。まあつまり、私はすごいということである。

    夜遊びの前日、ぱーっと料理することにした。雨でだるだるの気分と体調で、なんか読書も勉強も進まない。ドラマや映画でハラハラドキドキすることにも、じっくりストーリーを追って心を動かされることにも、頭を使いたくない。眠い。気分転換したい。手を動かしたい。さっぱりしたい。私の夜遊び中にも、彼にはおいしいものをわくわく食べてほしい。

    レシピノートをめくり、献立を考える。作り置き分も計算に含める。材料をメモして買い出しに行く。雨の日の午後のスーパーは、薄暗くて湿気がこもっている。目的をもって行けば、そこはきらめく冷蔵庫。カラフルな野菜、値引きシールが光るたんぱく質、冷えた乳製品を選び、かごを満たしていく。私の味覚の情操教育は、地方の田舎の小さなジャスコからなる。そこには成城石井のような洒落た野菜やハーブがない。結婚式のフードケータリングですら、「ジャスコにあるような食材」縛りにしたくらいだ。パプリカやマッシュルームを買うことは、大学生が「初めて海外に行きます。パリです!初飛行機!」と言うときの、期待と緊張が入り混じるような、初々しい背伸び感がある。だいたい、パプリカとかパスタとかパンチェッタとかパンナコッタとか、「パ」を発音するのも未だに少しそわそわする。ま、大人なのでパプリカ買えるけどね。赤と黄色をいっしょに買っちゃえるし。すごくない?

    手順をA4の紙1枚にまとめたり、材料を作業スペースに並べたりして、料理を始める。食べることもだけど、仕込みの時間も好きだ。目の前の食材に集中する。切ったり混ぜ合わせたりしていけば、ごちそうに辿り着くことが見えている。ナスに火を通し、マリネにして冷やし、カルパッチョとタリアータのソースを作った。今日は4品中、3品に酢を使う。すっきり、コク深い、あっさりのバリエーション。15時から始めて、19時にはできあがった。

    夫は、「あれを食べたい」「これを食べたい」はしょっちゅう言ってくるが、「料理しろよ」とイライラするような人でも、「女だから料理するのが当たり前」とか思っている人でもない。「紺ちゃんとごはんを食べたい」は、「紺ちゃんと共に生きたい」であり、極端な話、私と食べるなら何でもよく、料理のリクエストは、私の気分転換を促す呼び水だったり、私に栄養を摂らせる思いやりだったり、私に合わせてくれる。料理のスキルはなくても、その時々の私に合わせたリクエストのレベルは絶妙に調整できる。リクエストされるのはうれしいこと、「あれ食べたい」と定番料理を指名されるとちょっと誇らしいこと、料理を作って喜んでもらうのが好きなことを、知っている。

    つまり、食べものが重要なコミュニケーションツールだ。それも、私を優先してくれるコミュニケーションの。それがベースラインなので、「私といっしょにごはんを食べること」が、会って16年経ってもおそらく彼にとっては当たり前じゃない。その次に「私が(私と)作ったごはんを私といっしょに食べる」、があり、「私がつくったスペシャルなごはんを私といっしょに食べる」がある。

    彼は三重県生まれだ。お伊勢さんのご加護のもとで育った。あと、『おいしんぼ』の海原雄山の影響も相当に受けている。幼少期からの食事の話を聞くと、どうも私の田舎のジャスコと同じレベルのようなのに、舌が謎に肥えている。松阪牛も伊勢海老もありがたがらない。普段、スペシャルな料理をリクエストはしてこないのに(私に手間を強いたくないから)、私がいざ作ると、急に「食べ歩きが趣味です」みたいなグルメモードの男が現れる(特別感のあるおいしいものが実はとっても好きなので)。

    今夜のメニューはこれ。

    鯛のカルパッチョ。パプリカ、ピーマン、玉ねぎを刻んで、りんご酢とはちみつで作ったソースをかけたもの。

    ナスとミニトマトと生ハムのマリネ。こちらは普通の食物酢。

    牛肉のタリアータ。しめじ、エリンギ、舞茸のにんにくソテーの上に、焼き肉用の肉を6切れ、その上に三つ葉とマッシュルーム。粒マスタードとバルサミコ酢のソース。パルメザンチーズ。

    カリカリのフレンチフライ。塩を少し入れたホイップクリームつき。

    炭酸水をワイングラスに入れていただく。

    雨の日のお酢料理はとてもよかった。りんご酢のカルパッチョは、あまずっぱい。野菜がしゃきしゃきして楽しい。マリネは、想像通りの安定感のある味。タリアータは、三つ葉とバルサミコがおもしろい仕事をする。フレンチフライはディップが止まらない。

    グルメモードの彼が、酢のすばらしさについて語り始める。食べるスピードが速すぎて私に叱られる。「三つ葉がよいね」「ああ、この肉の赤身と脂身のバランスが最高」とか言う。隙あらば酢のすばらしさを称える。私がゆっくり食べているあいだに、彼の目はとろんとし始める。「ほんとうにおいしい、ほんとうに酢はいいよ」と言う。今日の推しはどれ?と聞いたら、「紺ちゃん」と言った。ねえ、推しはどの料理!ともう一度聞いたら、「酢」と言った。ヴィネグレットソース、まだあるよ。飲むか?

    ディナータイム終了。2人分で3900円。また気が向いたら開店します。

  • 太陽が沈むときに見れたら幸運が訪れる、緑の光線。”Green Flash”を論文のモチーフに使いたい。昔ミニシアターで観たエリック・ロメールの映画を、大学図書館の視聴覚コーナーでちんまり復習。元ネタのジュール・ヴェルヌの本も探す。誰にも開かれた形跡のない本を借りるのは緊張する。主人公が「緑の光線を見たい」と言って叔父を連れ回すので、私もそれについて行き、ユーモラスな会話と装画の景色を楽しむ。さすが恋愛小説、主人公がピンチのときのヒーローの現れ方がかっこいい。蘭ちゃんを間一髪のところで救出したコナン君(映画版)みたいなシーンと、それに続くラストシーン。わーお(都合がよい!)と思った。学者の視力が悪く、結局何も見えていないが、見えていないなりの活躍がある。

    たいへん気に入っていた有線イヤフォンを出先で落としてしまった。音響工学を専門にする夫が、ありあまるコレクションの中から、Bluetoothイヤフォンとヘッドフォンをくれた。かねてより「歌詞は好きなんだけど、なぜか聞き続けられない」音楽があったので、そういえばと相談したところ、「かまぼこ」とか「どんしゃり」とか、なんかおいしそうなことを言われた。ヘッドフォンをチューニングしてくれた。「なぜか聞き続けられない」と「なぜか聞き続けられる」の違いがわかった。なんか見えづらいな~と思ってたところ、不意に眼鏡の度数を変えてもらって視界が開けるような感じだった。コリラックマがヘッドフォンをつけて、目を閉じて踊ってるイラストが好きなんだけど、気持ちがわかる。音楽に没入できると、体って動くのね。初めてのノイズキャンセリング機能を使いながら、『ノイズキャンセルキャンセル』を読んだ。それはノイズキャンセルキャンセルキャンセル、つまりはノイズキャンセル。 「おおいに、ル、ル、ル」というエッセイの、おばあちゃんに向けた、「大人になったよ」「いろんな話、しようよ」「料理とかお裁縫とか、教えてよ」の「よ」。肩にやさしく、でも少し力を入れて触れ、揺らし、目線を合わせようとするような「よ」。行き場のない気持ちを、読者が『ペイ・フォワード』のように受け取っている気が。

    シェイクスピアの「から騒ぎ」を観に行く。指導教官に「ゼミのメンバーとA先生といっしょにどう?」と誘われたけど、予定が合わず、先に夫と観た。区立の文化センターの小さな円形劇場。異なる文化や背景のバイリンガル劇団による、英語と日本語がミックスされた演出。役者が日本語でしゃべっているときには英語の字幕が、英語でしゃべっているときには日本語の字幕が、舞台後方に映し出される。どたばたがっしゃん、わーいわい、みんなで踊ろうあはははは、みたいな喜劇。愉快な芝居を、芝居が大好きそうな人が演じているのを間近で見るのはぐっとくる。今、人生でいちばん忙しいらしい指導教官が、その多忙真っ只中に見る芝居が「から騒ぎ」、というのがおもしろく、「明日、舞台に上がって踊っちゃえばいいと思いますよ」と無責任な感想メールを送った。

    次の日はアーサー・ミラーの「みんな我が子」へ。イギリスの舞台を映画館で観られる「ナショナルシアターライブ」、ほんとうに好き。予備知識がなくてもおもしろいし、原作を読んでから行くのもおもしろい。原作を読んでいてストーリーは知っているのに、ああ、こういう演出するんだ、こういう表情の台詞だったんだ、光の使い方うんまっ!とかツッコミを入れ、最後の方はツッコミの余裕がなくなって圧倒されるまでがセット。7月は「セールスマンの死」の舞台チケットを取っている。今年はアーサー・ミラーの年。

    土曜日に「から騒ぎ」、日曜日に「みんな我が子」と続いたあと、翌週の土曜日朝9時から、「急に具合が悪くなる」を鑑賞。3時間半弱の映画じゃ行きたくないでしょう、でもきみと観たいと夫に言ったら、すんなりいっしょに行くことに。なんかそのすんなりぐあいがうれしかった。介護現場のユマニチュードを見て、フランスのヒューマニズム、ラブレー、渡辺一夫を思い出し、今年も『敗戦日記』を読む時期だなと思う。フランスの大学で哲学を学んでいた日本人と、日本の大学で人類学を学んでいたフランス人が、日本語とフランス語を交えながら話す。話し込む。これは「から騒ぎ」の英語と日本語ミックスの舞台にも感じたことに似ている。指導教官とコミュニケーションするときに似ている。母語と外国語が、両者入り混じる。熟考したうえで相手の言語で伝えようとするときもあれば、繊細なニュアンスを伝える自信がなくてこちらの母語にするときもある。勢いがついて、とりあえず思いついた言葉を言って、結果的に細かくコードスイッチングしあっているときもある。そういうときの私たちは、はたから見たらおそらくかっこわるい。言い淀んだり、間違えたり、誤解したり、無駄なことを言ったり。でも、おたがいがおたがいをかっこわるいと思ってない。表現しようとすること、伝えようとすること、聞き取ろうとすること、受け取ろうとすることで精いっぱいだから。カンヌで賞を獲るくらいの映画だ、綺麗だ、かっこいい。でも映像になっているのは、演者やスタッフが交わした言葉の蓄積のほんの少しの部分で、原作の本で残っているのは、著者たちが交わした言葉の蓄積のほんの少しの部分で、そのほんの少したちから、言葉にならないところを含めてたくさんのものに思いを巡らせることができるという意味で、開かれた、目線が同じの、作品群だと感じた。

    私は来週、今年度最後の面談で、先生とGreen Flashの議論を深める予定。Green Flashを書いた私と、読んでくれた先生と、これを読んで受け取ってくれたあなたに、ラッキーなことがあります。

  • 下界

    23時。夫の部屋の扉から、オレンジの灯りが漏れている。
    私「(まだ起きてるんだな。ゲームやってんのかな)」

    23時半。直感が働く。静かすぎる。
    私「(起きてないな)」
    部屋を開けると、ベッドの上で膝を抱えてすぴーっと寝ている夫がいた。
    私「あー。もう。起きなよ。お風呂入んなきゃ」
    夫「いま、いいところなの」
    カーテンを揺らす風が涼しい。雨上がりの匂い。そうね。いいところね。
    私「そろそろ日が変わるよ。お風呂!」
    まあそのうち起きるだろうと、彼の部屋を出る。

    0時。彼はまだ起きてない。
    私「ねえ、起きて。お風呂入って。先に入ってくれないと私が入れないじゃん」
    本当は先に入れる。でも彼を置いて寝てしまうのが嫌で、「きみのせいで私の睡眠が奪われる」という論理で脅す。彼はやさしいので、これでたいてい起きる。
    夫「はいる。はいるよ」
    私「起きて」
    夫「おきてる」
    私「どう見ても寝てる。起きて。私お風呂入れないじゃん、寝れないじゃん」
    段階的に声をかけ、徐々に覚醒していくよう仕向ける。彼の部屋を出る。

    0時半。彼はまだ寝ている。
    私「ねえ、起きるよ。日付変わったよ。ねえーー!」
    彼はすのこの低いベッドフレームに、マットレスを敷いている。
    私はその上に乗り、膝で立ち、彼の肩をゆさぶり、脇腹をくすぐり、ほっぺに指を突きさす。
    こちらが豪快に挑むと、豪快に抵抗されるのは知っている。
    しばらく豪快に攻撃したあと、ベッドを降りて、床に正座する。
    私「・・・・・・そろそろさ、起きたほうがいいと思うよ」
    豪快な攻撃のあとにしんみり黙ると、もぞもぞ動き出すのが彼だ。
    私は声のトーンを抑えているだけで、彼の変わりように静かに笑っているのだが。
    立ち上がり、彼の頭を撫で、「ほら、時間だよ」と言って退室する。

    1時。いつまで寝てんの。
    私「起きて。お風呂。ねえ。私お風呂入れないじゃん、寝れないじゃん」
    夫「・・・・・・」
    私「(話聞いてんのかな)私お風呂入っちゃったよ」
    夫「ん?」
    私「(話聞いてんじゃん)起きろ」
    夫「うーん」
    私「起きる気ある?」
    夫「まあね」
    私「落とすぞ」
    彼の腰のあたりを持ち、体を斜めに動かしていく。足先が少しずつベッドからはみ出す。
    夫「きゃー」
    私は彼の両ふくらはぎをつかみ、下に引きずり落とし始める。彼は「きゃー」「ひどーい」「えーん」と言って抵抗する。そのあいだにも、彼は少しずつずり落ちていく。ずり落とすのが楽しくて、もう少し遊んでいたくなり、彼の胴体を上に引き上げて戻し、またずり落とし、を繰り返して楽しむ。おたがいがこの深夜のばからしさに笑ってしまったあたりで、仕上げだ。彼をベッドからずり落としきった。両手を上げ、上半身をベッドに伸ばし、腹を出し、下半身が床に着地した状態で、彼は「げかい」と言った。きみは神なのか?

    彼は風呂に入り、水を飲み、私におやすみを言いに来た。お風呂から上がった、ひげのないちゅるちゅるほっぺは、確かにこの世のものとは思えない尊さだ。指でぷにぷに触っていると、頭の中でスピッツが流れる。

    「何かを探して何処かへ行こう」とか
    そんなどうでもいい歌ではなく
    君の耳たぶに触れた感動だけを歌い続ける

    なぜ「耳たぶ」なのか理解できずにいたけれど、「ほっぺ」に置換すればすっかり私の歌だった。天啓。「いまごろきづいたのか」と言い捨て、神は天界に戻った。

  • 大学図書館のOPACで本を検索すると、何茶等甘茶等研究所図書室に配架されていることがある。これは私の雑な当て字だけど、とにかく漢字が連なる硬い名前の場所にあるということだ。私の推測では、何茶等甘茶等研究所図書室がどこにあるかはなんとなく知っていても、実際に行ったことがある学生、利用したことがある学生は多くないと思う。図書館の本館と、何茶等甘茶等研究所図書室両方に配架がある場合、私は迷わず本館で借りる。しかし私の志向や立脚点の関係で、ここのところ立て続けに、何茶等甘茶等研究所図書室にしかない本が必要になった。これはもう抗えないと、病院の帰りに大学に寄り、未知の場所への探検を始めた。

    平日、午後2時あたりのキャンパスは、ちょうど3限が始まった頃で、歩いている人が少ない。向こうから学科長が歩いてくるのが見えた。下手に通り過ぎるのも、隠れるのも身が危ないので、声をかけて挨拶する。「ああ、川瀬さん」「来年度も継続されますか」と言われた。以前少しお話しただけなのに、今夏で研修が終了すると知っているということは、秋学期入学者と知っているということで、なんでそんな些事を覚えていらっしゃるのかと言えば、学科の研修生が他にいないからである。指導教官ではないから、授業を受けてないから、授業外の時間だから挨拶せずに通り過ぎてよいのではなく、それがゆえに挨拶しておいたほうがよい。

    「今日は面談ですか」と聞かれて、いえ、何茶等甘茶等研究所図書室に行きますと答えた。「ああ、それは結構」とほほほんと言われたので、やっぱり挨拶してよかったと思った。何茶等甘茶等研究所図書室がある建物を聞くと、「ああ、何茶等甘茶等研究所図書室笑」と、ほほほん言われた。目線を追う。すぐそばだった。

    普段、人があんまり来ないんだろうなという感じの、独特な建物、フロアだった。エレベーターから出てすぐのところに、「何茶等甘茶等研究所図書室」という看板の扉が3つあった。その先に、扉が開いた部屋があった。学科長と話したあたりから汗をかいていたので、ハンカチを取り出してぬぐう。夏の火照った体は、すぐには落ち着かず、息を吐くたびに汗も出る気がする。治まらねえ、静まらねえ、あーーー、暑い。リュックを開け、ペットボトルを取り出し、フタを開け、水を飲み、フタを閉め、ペットボトルをしまい、リュックを閉める。

    その一連の音と、空気の動きを察知したのだろう、扉が開いた部屋から、職員らしき年配の女性が飛び出してきた。私は落ち着いてから行きたかったのに、何茶等甘茶等研究所図書室の使い方がわからず困って落ち着かないと思われたのだろう、ていねいに、「何茶等甘茶等研究所図書室へ御用ですか。大丈夫ですよ、こちらです」と扉の空いた部屋に案内された。私は「え、あっ、はい」と流され、指示に従う。自分の挙動不審に耐えきれず、「あの、ここ、うかがうの初めてで。よくわかんなくて。すみません」と切り出した。職員さんがゆっくりにこーっと笑う。「大丈夫です。ご案内します」

    人が来るのが珍しいのか、マニュアル説明がまったく機械的じゃなく、冷たくない。「まずは学生証をお預かりします」と言われて渡した学生証を、両手の指をそろえて受け取られた。「続いて、ロッカーにお荷物を預けていただきます」と言われる。本館では荷物を預けるなんてしない。やはりここは何茶等甘茶等研究所図書室。硬いんだな、厳重だな、あーとか緊張する。OPACの画面を開いたスマホを手元に残し、荷物をロッカーに入れて鍵を閉める。グリーンのプラスチックタグがついた鍵。

    「それでは参りましょう」と言われ、私たちは部屋を出る。彼女は扉を閉めて、ジャラジャラと音の鳴る鍵束の中から鍵を選び、鍵穴に差し込んで回す。カードでピッ、タイプの出入りではないのだ。何茶等甘茶等研究所図書室の本体は5歩先にあるというのに、彼女はワンオペゆえに、また設備投資がされないゆえに、都度鍵を開け閉めしないといけない。

    何茶等甘茶等研究所図書室は3部屋あり、すべてジャラジャラ系の鍵で施錠されている。「何茶等甘茶等研究所図書室を利用されるときは、お渡しする鍵で開け閉めしていただきます」と教えてもらう。私がこれまで鍵を使ったことがないかのように、イエローのプラスチックタグのついた鍵を両手で私に握らせる。差し込んで左に回すのを見守られる。うまく、というか鍵を開けるのにうまいも下手もないのだけど、うまく開いたとき、彼女は「そうです!」と言った。何茶等甘茶等研究所図書室に来るには、多かれ少なかれ勇気が必要だ。彼女はそれを誰よりもわかっている。ここに来ることが、鍵を開けることが、どれくらい当たり前じゃないことなのか知っている、と言いたげな所作に、背筋が伸びた。

    本棚に、見事にいかつい本が並んでいた。「ほらこうやって」と、彼女は本棚の横のレバーを回してみせる。「狭い部屋なので、こうやって都度動かしてください」と言った。本棚と本棚の間に空間ができる。「退室する時は鍵を使ってくださいね」と言われながら、私は目当ての本を見つけてしまった。なので、ふたりで扉を開け、鍵を閉め、5歩歩き、受付の部屋の鍵を開け、扉を開けた。彼女は本の貸し出し手続きを始める。私はロッカーの鍵を開ける。

    「ごめんなさいね。図書室が狭いので、お荷物を預けていただいたほうが動きやすいんですよ」

    何茶等甘茶等研究所図書室という名前、人を見かけない建物、薄暗いフロア、青白い光、5歩でもかけるジャラジャラの鍵、いかつい本。この文脈で、ロッカー設置の理由が、「狭いから」だった。私はいたく感激した。何茶等甘茶等研究所図書室が何茶等甘茶等研究所図書室という名前でよかった、おかげでやさしさのコントラストが眩しい。

    手書きのレシートを挟んだ本を両手で渡され、両手で受け取った。

© 2026 川瀬紺 / Kon Kawase