Writings

New Essays Every Monday

更新情報+αが届くニュースレターはこちら

  • 論文が、指導教官からの高評価を受けて帰ってきた。「完了とみなすけど、もっと〜についても読んでみたかった」との付記があった。一旦、「え、いやです(ここまでで精一杯なの見てましたよね?そんな無茶振りしないでください)」と返した。が、締め切りまで時間が余っているし、最低限の目標はクリアして気が楽になったしで、「いやって言ったのやめます。やります」となった。研修生の学びは学位に接続しないので、どうしてもよりよくしなければならないという外圧はない。もうひとつ挑戦して、失敗したとして、何も失うものがない。「ない」だらけ。

    私は感性と論理の融合を目指すのが好きだ。書き上がって、疲れて、自分の限界を実感して、「これ以上無理!」という気持ちがいっぱいになっても、書いたものに思い入れがあっても、翌日、あるいは翌々日には嬉々として、それをロジカルに刺したり切ったり消したりする。感性的に膨らませ、論理的に削る。感性的に飛び、論理的に追う。論理的に積み上げ、感性的に圧縮する。

    英詩を精読してアカデミックエッセイをまともに書くのは今年度が初めてだ。大学で授業は取っていたけれど、中世英語の詩だった。精読というか解読に近く、「松田先生、よ、読みました(パタッ)」みたいなレポートを書いた。教科書も、レジュメも、レポートも、フィードバックも、全部残してある。「この視点は重要」「good」などの言葉が、当時の私よりも今の私に響く。今の指導教官に、「韻律はどこで学んだ?」と聞かれて、松田先生を思い出した。

    『カンタベリー物語』では、さまざまな身分や職業の人が、自分の知っている話を順番に語っていきますが、話のジャンルは多岐に渡っていて、なかには猥雑な話も含まれています。19世紀の読者は、猥雑な話を好まず、本から削除したりしたのですが、20世紀には、逆に猥雑な話だけが翻訳されたり、映画化されたりしました。このように近代の読者は、話に優劣をつけて分けて読む傾向があります。ところが、中世の読者は読みたい話を読みたい順番で読んでいました。近代では文学は高尚なものという見方が出てきますが、中世では読者が自分自身の基準でもっと自由に作品を楽しんでいたのです。

    作品は作者が生み出すものですが、読者はそれぞれ自分の背景を持って作品を読み直します。時代や地域を越えて多くの読者に読まれることで、読者が作品の世界を広げ、作品自体を大きく育てることがある。そうした読者と作品の関係を、これからも研究したいと考えています。

    https://www.keio.ac.jp/ja/flet/research/interview/report-matsuda/

    この言葉も、当時の私よりも今の私に響く。去年の夏の私は、基礎知識はあっても、「詩って何なのか、まだよくわからん。用語で分析したところで、だから何?って思う」という感じだった。今の指導教官のもとで、多面的・多層的な読みをするための文脈を学んだ。2025年の年末に、自分で英詩を書いてみたときに、うしろから頭をばちーんと殴られたかのように、突然、強烈に、詩が何か、詩人が何なのかを理解した。細かい分析用語は、あとから生まれて授業で体系的に教示されているだけだ。私には、詩人が詩で何をしようとしているかの身体的実感が先に必要だった。言葉で言葉以前のものを表現したい、言葉にならないものに言葉で肉薄したいという点は、私にとって、何を書こうと、何を作ろうと、つまり表面の形が何であれ引き継がれる、引き継いでしまう、根本的な設定であり、人と共鳴しうるものだ。これに気づいて、詩人との距離が縮まった。書かれた時点、あるいは発表された時点で、詩は読まれるのを待っている。「わからん」という先入観を捨てて、耳を傾けてみる。「なんか知らんけど気が合う気がする」人がいたり、「こっちの話はまあわかるが、あっちの話のテンションにはついていけねえよ」という人がいたりする。期待せずに会ってみて、気が合ったらラッキー。

    私は1年かけて、イギリスのある女性詩人の全集を読み、先行研究を読み、エッセイを書いた。20代で自ら命を絶ち、かつ偉大な文学史に現時点で載るような人ではない彼女には、「暗い詩が生きづらさや自殺願望の現れ」とか「同性の友人に宛てた愛の詩があるから同性愛者」といった短絡的なラベルが貼られている。「彼女は幸せを見つけることはなかった」と言い切る学者もいる。私はひととおり読み終わってから、「え、まともなエビデンスないじゃん」と思った。いや、あなた、勉強し始めて1年でしょ?と言われるかもしれないが、若くして亡くなったので作品が多くない。マイナーゆえに先行研究の数も知れている。学者は何かしら自分のポジションや思想があって研究するのだろうが、私は自分の都合に合わせて、学問という論理で死者や生者を雑に切り刻むことには同意しない。

    「同意できない論文に自分の論文で反論しなくていい。無視。言及しないということが立場」という教えにもとづき、学問的に何のしがらみもない場所から書く。「この詩人の先行研究の大半に同意できねえ」と思いつつ、新しい読みの論拠と文脈を少し増やした。それによりエッセイのエネルギーが少し増した。表面的にはたいへん穏やか、ルールも厳守、しかし中身でバチバチにキレてるエッセイになった。

    最近発売されたこの曲がよかった。イタリアのバンドなので、毎度最初は何を言ってるかわからんが、なんかポップな感じとMVのストーリーテリングが好きだ。翻訳で知った歌詞の意味も好き。私も彼女に、懐中電灯の光を一瞬さっと向けるくらいはできてるといいなと思う。隣に座っていっしょに音楽を聴くならどんな感じかな。いそがしいとき、どんなもの食べてたのかな。

    MVのラストシーンみたいな感じが、研修生1年目でたどり着いた空気感。松田先生の授業からここまで来れたことがありがたくて、ヘッドフォンをつけて何度も観ている。

  • きみが先生のもとに行ってから、数日が経った。元気かな。たくさん赤入れされないといいなとも、それはそれで鍛えられるなとも思うよ。とにかく今日はきみが帰ってくる日で、朝から落ち着かない。今年の成果がきみであるのか、あるいは別人になるのかはわからないけれど、きみと遠出した日のことを残しておく。

    私と夫ときみは、突然大阪に行くことにした。私たち夫婦は、いつもこうやって、ちょうどいい特別感で旅に出るんだ。観光スポットとか名物とか、そういうのはいらない。ふらっと出て、いつもと違う街の日常に浸って帰ってくる。そういうのでいいというか、そういうのがいいんだ。このところしばらくきみと過ごしてばかりだったから、きみを家に置いて行こうと思ったけれど、書きあがったはずのきみが、何かまだ言いたそうな気がして、プリントアウトしていっしょに連れて行くことにした。左上をホッチキスで止めたの、痛かった? ピアスの穴を開ける仕事の人って、いつもこんなふうに、一瞬、あっ、とか思うのかな。

    デスクトップパソコンのワードファイルに縮こまっていたきみは、新幹線のテーブルを占領してのびのびしていた。しゅっと通過して行く窓の外の景色。田植え前の、水を張った田んぼの光がきれいだったね。マンションの最上階の洗濯物が飛んだのも見た。きみのことを何度もゆっくり読んだ。言葉選び、文章の長さ、論理の構築、英語のトーンなどを細かく考えた。好きな人と過ごす時間はあっというまというのはよく聞くけど、どうなんだろう、新大阪にはすぐに着いた気がする。新大阪の駅は好きだよ。ホームから出る電車がだいたい大阪駅に停車するから迷わない。並んで待っている間、後ろにいた、にぎやかな家族の話が聞こえてきた。母親とその娘ふたり、母親の友だちの女性とその娘ひとり。かばんやスマホやネイルにはキャラクターがたくさんついている。母親のひとりが、「今日はガチだから、まじかるぷーさん」と言ったんだ。私はすごく、「まじかるぷーさん」って何だろうって思った。だって、プーさんなら千葉のはずだからね。「ねえ、ユニバ行きたい」って言う娘に、「今行ってるところじゃん」って返すお母さん。私は夫と笑いをこらえていたよ。大阪駅の花壇が元気だった。

    物理的にあまり遠くに行かなくていいというか、行きたくないのは、本が好きだからかもしれない。大きな本屋に行って、ここの品ぞろえはどんなものかしらん、どんな棚を作っているのかしらん、とか歩きまわるのは、いつだって新しい世界の探検。買った本の帯やチラシは捨てる派だけど、新しい世界を知りたいときの、「ここはこんな感じですよ」と声をかけてくれる帯は頼もしい。本屋に入る前はちっとも買う気がなかったのに、よりによって重たい本に惹かれてしまって買った。きみは小声で言ったんだろうね、ねえまだ論文終わってないじゃんって。そういうことじゃないんだ。頭の中の、言葉になる前の段階でたゆたっているものが、外的な触媒を得て現れた、ということが大切なんだ。また奥のほうに戻って見えなくなる前に、物理的に残しておくんだ。粉が水分を含んでダマになると、ふるいにかけても下に落ちないでしょう。そういうことだよ。

    昼は寿司屋に行った。なんてことない、チェーン店。でもすごくおいしいんだ。わざわざ観光で行く店じゃないだろうから、たぶん混んでないだろうって、いつでも自信をもって言えるよ。私たちはそういう安心感が好き。いつもはなんばの店でテイクアウトして、帰りの近鉄線の中で食べるんだけど、今回は店に行ってみようってなった。地下街のホワイティというところにあるんだけど、だいぶ困った。歩いても歩いても辿り着かないんだ。見ると、ホワイティの中にFARURUという看板があって、そのFARURUの中にもお店が入ってる。入れ子構造が過ぎるよ。ようやくたどり着いた寿司屋には、やっぱりすぐに入れた。

    私と夫は製造業の会社の同期だから、製品がどのように作られるかとか、どういうパーツかとか、収益構造とかがとっても気になる。回転寿司の店は、テイクアウトの店と形態が違った。全然違った。手元のタブレットに出てくるメニューは一般的だよ。旬やネタでカテゴリー分けされていて、さび抜きかどうかを選べる。つぶ貝と鉄火巻をとりあえず頼んで、お茶を淹れて、寿司の回転を眺める。そして気づくんだ、回転しているのはタブレットに出てこないメニューばかりだって。サーモン、えび、いか、玉子、といった低価格帯のネタに、ネギ塩、ネギマヨ、明太マヨ、生姜ネギ、チーズ、しそ、蒸し焼き、とびっこのせ、レモンおろし、ゆず、ゆず胡椒が組み合わさっていた。お客さんがどんどん手に取っていくし、店員さんもどんどん製造していく。私たちはそのクリエイティビティと戦略にいたく感激した。しらふなのに愉快だった。100円のするめいかが、ゆずするめいかになると190円になるんだ。ふつうのいか190円は、ゆず胡椒いか270円になる。私たちは店を入ってすぐの、右端のカウンターに座っていた。そこからだと、左手側の少し先に、回転道路の曲がり角が見える。たとえば「ネギマヨえび」というネームプレートが載った皿のあとに、ネギマヨえびの団員が続くわけだけれど、そのゆっくりとした登場が、スポーツ大会の入場行進みたいでかっこよかったんだ。

    チーズケーキと飲みものを買って、ホテルにチェックインした。ケーキの箱を広げて、お皿代わりにした。ケーキ屋でスプーンをもらっていてよかった。寝るためだけのお安めホテル、期待してはいけない。夫はね、こういうケーキを3口で食べるんだよ。ひどいときはふたくちだよ。ムードもへったくれもありゃしない。昼寝しちゃうかもねと話していたら、ふたりとも昼寝した。旅先なのにね。自由でいいよね。

    夕方、アラームで目が覚めて、支度して、ミニシアターに行った。「ライスボーイ」っていう映画。どうしても夫と見たかったんだ。小さな映画館の狭い待ち合いスペースに、人が並んでいた。思いのほか混んでるんだなと思っていたら、ドアが開き、拍手が起こり、並んでいた人たちが入っていった。別の映画の舞台挨拶だった。舞台挨拶の人たちってこんなふうに並んで待機するんだ!と新鮮だった。ソファで座って開場時間を待つ。「お水飲む?」と聞かれて、「うん」と言って、アルプスの天然水を飲み、異世界ホラーのポスターを眺めたりした。そのときは、予想もしてなかった。きみが映画に出てるなんて。びっくりしたよ。きみはいくつかのイメージからできてる。松の木、夕暮れ、野原。光、闇、生、死、若さ、老い。すべてが、映画の重要なイメージとして出てきた。気づいたのは中盤あたり、松の木の話からだよ。あれ?と思った。そこから少しずつ、きみと、目の前の映画がリンクしていく。あるいはきみが目の前に現れてくるのを見る。初めての感覚だった。私がきみを書いたから、こじつけで見ているだけと言われればそこまでなんだけど、活字にしたときに手を離れ始めて何かと有機的に結びついて独立するような感じが、そのときもあったんだ。松の木は英語で “pine tree” だよね。木は光を求めて上に伸びる。森で木が成長して密集するほど、下の方には闇ができる。私はあの詩の名詞の “pine” には、動詞の「切望する」ってイメージも重なるって思ってる。あの詩の松の木、この映画の松の木、そしてきみは、何を切望しているんだろう。

    ミニシアターで映画を観終わって、20時くらい、夜の街。薄手の長袖がちょうどいい。なんか無敵って感じがする。夫は、映画がさっぱりわかんなかったって。その自分のわからなさと、私が(自分なりに)わけがわかって「うおー!」と興奮するギャップをたいそうおもしろがるんだ。彼の好みじゃないかもなーと予感しつつ彼を連れていく私も、自分の好みじゃないかもなーと予感しつつ私に着いてくる夫も、奇妙だよね。私はきみが映画にいた話をがんばって彼にしたんだけど、えっ・・・( ゚д゚)ぽかーん って感じだったよ。日曜の夜だからか、出歩いている人は少なかった。手をつないだり、離したり、横断歩道をダッシュしたりして、けらけら過ごした。夕飯はバーで日本酒とおでん。メニューに、「おでん屋ならでは」という謳い文句の、大根天ぷらとポテトサラダがあった。たぶん、2日目以降のおでんの大根と玉子とじゃがいもでできてる。こういう部品の共通化はほんとうに美しいよねと、夫と盛り上がった。いっしょにいると、何でも酒のつまみになるんだよ。

    翌朝、先に起きた夫が放送大学の番組を見ていた。余因子行列。掃き出し行列。ベッドの端に座り、「えー。ふしぎー」とか言いながら見入っている。チャンネルを変えた教育テレビでも算数のことをやってた。7と5と0を書くと、750になるよ!みたいな。それを聞いた夫が、「いま、じゅうようなことをいわなかった。ぜろをつけるということのいみだよ。ないということを、ないというきごうでしめさなければ、ないということがなくなる。ぜろがなければ、75になる」。あとでよく考えようと思って、言葉をそのままLINEのメモに残した。

    夫の趣味に付き合って、ヨドバシカメラのコンピューターのパーツ売場に行った。私にはまじですべてが同じに見えるんだけど、ぜんぶ違うんだって。グリスを選ぶときに、選び方を説明してくれたんだ。私は自分で買うことは永遠にない気がするけど、丁寧に説明してもらったので、いざとなったら自分で買えると思う。グリス1gの差、ファンの大きさ、汎用性、そういう細かーいことを確認してこだわって選ぶのは、私がきみのパラグラフの動詞や名詞をどの言葉にしようかなと、うきうき悩んでたのと似てるんだよ。そういえば、パソコンのパーツの値札が、賞味期限みたいになっててよかった。円マーク取ったら、たしかに10万単位まで同じシール使えるもんね。

    家に帰ると、きみの様子が変わっていた。論理の飛躍を見つけた。その部分を書き直して、関連する別のところも書き換えた。1文削った。それからしばらく休んでもらって、着替えさせて、きみを見送った。

  • 今月の本棚を眺めると、タイトルよりも著者の名前が大きく印刷された本があると気づく。トワイラ・サープの本は彼女の名前のほうが大きい。舞踏家の心身管理の話。2011年初読から、私も彼女も年齢を重ねた。その距離は変わらないのに、彼女の近影は昔よりもかっこよく見える。私のロールモデルのひとりは、株主に洗練されたプレゼンテーションするような起業家でもなく、プラダを着た悪魔でもなく、自分のスタジオでトレーニングを続けるトワイラだ。週に1度、エッセイを発表し、ニュースレターを送ったあと、また書斎にひとりでこもるような。

    ハントケコレクションは、彼がノーベル文学賞を獲ったから出たものだろう。長らく絶版だった「幸せではないが、もういい」をようやく読めた。自殺した母親の人生を書き綴ったもの。285ページの、「けれども私は、それは違うと確信している」という、「確信」のところでだけ、急に頭痛がした。彼がなぜそう思ったかを、おそらくわかっていて書かない選択をしたように、私もなぜ頭痛がしたかをおそらくわかっているけどここには書かない。同じ本に収録された、「長い別れのための短い手紙」は、「幸せではないが、もういい」と違って、読み終わるまでに時間がかかった。語り手がいろいろなことを考え、話し、出来事や他者を通過しながら進んでいくのだが、どこに行けばいいのかよくわかってない浮遊感に私も飲み込まれ、なんだかだるいような、でも先に進まなきゃいけないんだ、何かがこの先にあるのはわかってるから、みたいな時間を過ごした。ソファで足を組み替えたり、体育座りでのぞきこんだり、途中で休憩のつもりが昼寝しすぎたりして付き合った。楽しくないのに読ませる吸引力。読み終えて、やっと終わったと思った。それから2日して、メモした言葉のいくつかがつながり、言葉以前の何かになり、置き配の荷物のように私に到着した。夫は絶対にこの作品が好きじゃないと思う。

    『本なら売るほど』の新刊を読み、1巻目の、本の葬送を思い出す。本好きだった人が亡くなり、残った本の処分を頼まれる古書店主の話。「処分」の言葉だけが強烈に残り、強制収容所のことが浮かび(この時点で、もうマンガのことは頭にない)、何か読もう、そういえば小川洋子が話していたことをもう一度聴きたい、ハントケのあとならたぶん昔と違って聞こえるはずだ、と連想する。『物語の役割』で言及されていた「リンデンバウム通りの双子」を収録した『まぶた』が絶版で、大学の図書館にもなく、『フリードル先生とテレジンの子どもたち』は大学のどこかの研究施設にはあるが行ったことなくて面倒、というか最近暑くて新しい場所に行くのが億劫と相成り、大きな本屋で買った。古書店の店主が大量の本を日没までに査定して、買い取るぶんを精いっぱい箱に詰めたこと。双子の兄のカールが、花束を作ったり、チョコレートの包みを雨に濡れないように胸に抱える手つき。初期バウハウスで活躍した芸術家のフリードル先生が、収容所に向かう前、色紙や布やクレヨンをトランクに詰め込んだときに考えていたこと。

    『海が走るエンドロール』が完結した。夫と死別後、美大生になって映像を専攻する主人公。65歳。彼女の周りにいる若い同級生との空気がうらやましいと思っていたら、彼らが食べていたすき焼きが食べたくなり、わざわざ少し歩く肉屋まで行き、夕食をすき焼きにした。大学の授業で知り合った若い学生からLINEが届いて、ああ、うらやましいとかじゃなく、私も大学に通い直しているんだったと思い出す。「文学のことよくわかんないけど、詩を授業で読んでみたらめっちゃおもしろかった」と話すその人は、目下、試験期間中だ。就活と留学準備も並行していて、うがー(叫)みたいな感じだが、こちとら他人だし、年が離れているのもあって、呑気に見守っている。6月に会う約束をした。

  • 食後に息苦しくなったので、救急車を呼んだ。震えや痙攣が止まらない。動脈血も静脈血も点滴も、血管がうまく見つからず、何度もぶすぶす刺される。医師が「無理じゃね?」「浮いてこない」と言い合うのが聞こえる。血管の位置とか太さくらい、人並みだったらよかったのにと思う。検査を受けた。処置を受けた。家に戻り、窓を開け、ベッドに倒れ込む。

    向かいの家の小学生の女の子が、友達とボールを突いて遊んでいる。頭に響くのでやめてほしい。

    ひとりが、「あ、そうだ」と言った。紙の音がしたので、たぶん手紙を取り出した。ゆっくり、「りさちゃん、いつもありがとう。だいすきだよ。これからもなかよくしてね」と読み上げた。いきなりウェット。今?

    「りさちゃん」は「ありがと」と乾いた声で言った。そのあと、「ねえ、学校のプールっていつから?」と言った。それはまるで、「え、マーケ会議って2時からだよね?」みたいな、大人びた口ぶりだった。

    この前読んだ、イギリスの初等教育の本を思い出した。イギリスの人々は、幼いころからたくさん書く。事実もお話も書く。

    地理の授業では「砂漠」や「ベドウィン族」等の生活様式を詳しく扱った。興味深いのは、理解を確かめるために話を書かせることだった。北極地域のことを学んだ後「グリーンランドの海岸でたった一人で座礁したと想定し、どのようにしのいだかを書きなさい」という問題が出た。

    山本麻子『書く力が身につくイギリスの教育』 p.63

    これは著者の息子が10歳くらいのときの話だ。グリーンランド。グリーンランド。ひとりで、座礁したとして、と思いながら、だるさに沈む。緩んだ体の隅々に、眠気が染み込む。力の入らない手足が溶ける。

    目覚めたら18時を過ぎていた。カーテンの隙間から見えた景色はまだ明るかった。ボールの音はしない。机の上に、本や文房具が広がっている。お昼過ぎに放り出した場所。椅子が少しベッドの方向を向いていた。

    座礁したら泣けばいい。潮にして水深の不足を満たす。自然と浮揚する。今日は夜風が涼しい。

  • intellectualise
    動詞
    ~を知的にする
    ~を知的に処理する、知的に話す、思索する

    最近の興味はもっぱら「圧縮」である。

    3月、指導教官の書いた論文が出版された。先生の研究者としての実績のほとんどは、国際的な出版社から出ている。私は学者じゃないけれど、たぶんすごい人なんだろうと思っていた。新作を読んで痛感した、だいぶすごい人だ。

    私は今期、彼の英詩の授業を受け、そこで取り上げられた詩人の中からテーマを決めて論文を書いている。彼が論文で取り上げたのも同じ詩人だった。そして論の方向性も似ていた。数年かけてその詩人を授業で扱ってきて、並行して論文を書いていた。その出版を控えた年度に、たまたま私が入学を希望して、たまたま彼のもとで研究生として学ぶようになり、たまたまその詩人を選んだ。先生の授業を聞いているわけだから、論点が似るのは当たり前でしょうと思われるかもしれないが、彼はいろいろな情報を評価せずに等しい粒度で提供していて、そこから選んだのは私だ。なのでたまたま言いたいことの根っこに重なりがあった。

    秋に先生から出されたお題が私にとっては難しく、これまでに3回出した。3回ともまるっきり別の論文だ。4月中旬、3回目のバージョンにフィードバックがあった。私は論文にABCという3つの要素を含めていた。私はCだけを選んで4回目を書くことにした。ああなるほど、ようやくおっしゃる意味がつかめたような気がしますよ、書き直しますね、あー、あの本が必要、という思考を経て、図書館に行ったところ、先生の新作を見つけた。図書館の棚の間で読んだ。先生はABCのうちのBの部分を、もっと精密に処理して、もっと深く考えて、いらないものを徹底的に削って本題を研ぎ、かつ私とは別の文脈で書いていた。

    たぶんいわゆる世間的なイメージの「教授」と「学生」のロールで事務的にやりとりしたのは、去年の夏の最初のメールだけだ。この関係では・・・コードを・・・変えられ・・・ます・・・ね?みたいな了解があった。わざとか、素なのか、英語のメールがどんどん難解になっていく。難しい言葉を使った長文ではない。先生が専門にしている英詩のように、短く、しかし多層的な読みができるメールが届く。そのまま読むと文学の話なのだが、これまでのやりとりの文脈(授業、および個人的な話)、対面での話(記録が残らない)とメール(記録が残る)での間接性の違い、英語のトーンなどを踏まえると、別の読みができる。この多層性があるうえに、私が質問したことに対して直接触れられないということもある。これは経験上、直接触れられていないということをきちんと読み取れという、すさまじくエネルギッシュな不在だ。

    全力でメールを読み解き、返信を書く。誤解が怖いので言葉を慎重に扱う。長くなる。推敲しても削れないのでそのまま送る。そうすると、しばらくして多層性と不在を含んだ短いメールが郵便のようにふわっと届く。いつも、本当によくこんなに情報を圧縮できますね、それもこんなに美しく、と思う。

    このベースがあっての春、新作だ。先生の圧縮をずっと見てきた。論文には彼の哲学や授業のエッセンス、キーワードが入っていた。私は先生の授業がいかに入念に設計されているか、都度微調整をかけられているかもわかる。いつ、どういうルートで日本に来て、何年教えていて、いつからこの詩人の授業をしているかは公開情報だ。詩人の作品も、バックグラウンドも、研究の潮流も、主要論文も、先生には到底及ばないが読んだ。個人的な話も交わした。そういうのがすべて詰まった論文、薄い本の1チャプターを読んだのは初めてだった。自身の知識、経験、存在をこのレベルで知的処理している人に会ったことがない。いつものメールよりも当たり前に専門的で、射程が広く、精密だった。いつものメールのように深く、多層的で、倫理的で、美しかった。

    1月の個別指導の時間、私は既存の研究潮流に単純化しすぎな傾向があるんじゃないかとぷりぷり怒っていた。ある単語を聞いて、先生は吹き出した。今思えば、もうその頃には脱稿していたんだろう。まだ話していない論文のキーワードが、突然研究生の口から、子どもっぽい感情吐露レベルで出てきたのだ。私のその怒りのロジック自体に、先生は何も言わなかった。言葉を選び、なだめるように、「まずはブロック引用を減らそうか」と言った。

    新しい論文を見つけて読みましたよ、と、図書館の帰り道でメールした。もっと早くに読めていたらと思いました、というのは、裏を返せば荒ぶる子どもの私アゲインである。先生はそれを正しく読み取り、「思考の流れに影響を与えたくなかったのでね」と書いてきた。「興味深いと思ってくれてうれしい」とも書いてあった。軽く、抑制された、気取らない雰囲気で。あの論文のどこが “interesting” 1語で済むのか。どうしてそうやって済ませようとするのか、国際編著だよ、すごいよ、てかいつもすごいよ、少しは祝わせてくれと思いながら、圧縮した短いメールを送った。

© 2026 川瀬紺 / Kon Kawase