Writings

New Essays Every Monday

  • have
    助動詞 
    過去分詞を伴って完了形を作る
    現在までの動作の「完了」「結果」「経験」「継続」を表す

    ジーニアス英和大辞典

    現在完了形の “have” に感動してそろそろ24時間が経つ。

    直訳と実際の意味のギャップがある言葉とか、気の利いた言い回しとか、語源がおもしろい言葉とか、英語に「!!!」と感じることは今までに何度もあった。そのおかげで学び続けている、生き続けているところもある。昨日もらった “have”、正確には省略形の “‘ve”には脱力しそうなくらいにやられた。詳細は書けないけれども、重みや深さがあって、今まで知ってた “have” と違う。定義は、TOEICや受験勉強で習うやつだ。でも込められているものが全然違う。さらっと読み流しても全体の理解に影響はないし、最初はそうだった。さーっと読んだ。そのあと、なんで現在完了形?と思った。文脈を加味して読み直したら、書き手は絶対に、意図的に、 “have” を入れたんだと気づいた。読み取られない可能性もわかったうえで。

    A. P. P. L. E.
    A spring breeze from the windows played through the classroom. I was in front of the blackboard. The teacher explained that the arbitrary arrangement of letters took on the meaning of “apple.” What a tremendous wonder to me! I envied the foreign letters because I had been feeling my life was meaningless. A brand-new uniform of junior high school. A loose-fitting shirt in anticipation of my growth period. I fell in love with English, my new friend. I traced the printed apple and tried to pronounce the sound well, like tasting a real apple.

    窓から入ってきた春風が教室の中で遊びまわる。私は黒板の前の席にいた。先生が、文字のでたらめな組み合わせが “apple”、「りんご」という意味をもつと話した。魔法みたい!生きる意味がわからずにいたから、その外国の文字がうらやましかった。中学校の新しい制服。成長期を見越した、だぼだぼのシャツ。英語。新しい友だち。恋をした。私は本物のりんごを味わうように、印刷されたりんごをなぞり、うまく発音しようとした。

    これは100語縛りで書いたエッセイ。私はあの頃から変わってない。何日、りんごを味わっていただろう。 “have” に言葉を失う日が、明日もがんばろうと励まされる日が来ることを想像できただろうか。昨日作ったほたるいかと菜の花のパスタはおいしかった。読んだ本もおもしろかった。夫との中身のない掛け合いも楽しかった。でも “have” には勝てない。圧倒的だ。

    こんなところに書いても、誰かに話しても、共感されないことはわかっている。

  • はむかつ

    Three or more, that is the question.
    3人か、もっとか。それが問題だ。

    第1幕
    第1場
    木曜日。18時。妻は台所で煮物を作っている。夫から妻にLINEが届く。
    夫のLINE「はむれつ」
    妻「(はむかつ?ん?・・・・・・ああ、ハムレット)」

    第2場
    木曜日。19時。アパートのリビング。夫妻、夕食を食べながら話している。
    妻「チケット、取ってくれてありがとう」
    夫「うむ」
    妻「いい席だね」
    夫「さすがぼく」

    第3場
    金曜日。文学的教養があるエンジニアに憧れるが、原作は読みたくない夫と、そんな夫と共通の趣味が観劇と言っていいものかとは思いつつ、貴重な接点を逃すまいと、古典についてはあらすじと相関図を事前に教える妻。
    妻「えーっとね、シェイクスピアの4大悲劇のひとつだよ。ハムレット、オセロー、リア王、マクベス。マクベスは去年観たやつ」
    夫「むずかしかった」
    妻、相関図のメモを夫に見せる。主要人物に下線を引く。
    妻「ざっくり言うと、ほぼ全員死ぬ」


    第2幕
    土曜日。ナショナルシアターライブ「ハムレット」は、朝9時35分開演。夫妻、電車で名古屋駅へ向かう。先頭車の隅の席に、太陽の光が広がる。妻、松岡和子訳、『シェイクスピア全集1 ハムレット』の文庫、264から265ページ、すなわち第5幕第2場を開いている。
    妻「見て。ここ。王妃、『死ぬ』。ハムレット、『王を刺す』。『王は死ぬ』。レアティーズも『死ぬ』。テンポよくいっぺんにだよ。くーっ!」
    夫、酔うので本を見られないが話は聞いている。スピード感にさすがに笑う。


    第3幕
    第1場
    映画館で発券後、開場待ち。妻、待ち合いスペースで、相関図メモを広げる。夫、「さてさて。つきあってやるか」という顔をするが、妻に事前説明を要求したのも、話を真面目に聞かないと困るのも彼自身である。登場人物が4人以上の芝居は混乱しやすい。
    妻「ガートルード、ハムレットの母親。ハムレットの父親は幽霊として出てくる。ハムレット、主人公。クローディアス、ハムレットの父親の弟、つまりハムレットの叔父。ハムレットの父親を殺して、ガートルードと再婚。ポローニアス、大臣。その息子がレアティーズ、娘がオフィーリア。ホレイショーはハムレットの親友。オッケー?」
    夫「おっけい」
    妻「じゃあ、レアティーズは?」
    夫「しぬ」
    妻、吹き出す。
    妻「クローディアスは?」
    夫「しぬ」
    妻「いや、他になんかあるやろ」
    夫「わるいやつ」
    妻「せやな」
    妻、スパイ・ファミリーのロイド・フォージャーが、アーニャ・フォージャーに何かを教える時の気持ちを少し理解する。
    妻「ハムレットの親友は?」
    夫「しなない」
    妻「名前は?」
    夫「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと。ほれいしょ!」
    妻「(じゃがいもみたいだな)」

    第2場
    開演後、しばらくしたあと。夫の腹が鳴る。
    夫の腹「ぐーーーーーーぅっ」
    妻、夫の肩をつつく。

    第3場
    15分の休憩時間。
    妻「鳴ったね」
    夫、照れくさそうに笑う。

    第4場
    舞台が再開してしばらくしたあと、妻の腹が鳴る。
    妻の腹「ぐーーーーーーぅっ」
    夫、妻の肩をつつかない。

    第5場
    終演。妻、夫が無事についていったか、理解できたか心配そうにする。
    妻「どうだった?」
    夫「うん」
    妻「うん?」
    夫「長いね」
    妻「うん」
    夫「英語が難しいね」
    妻「うん」
    夫「うん」
    妻「以上?」
    夫「うん」
    妻「予習したのに?」
    夫「うん」
    妻「・・・・・・残りは沈黙!」

  • 雪かき

    snow under
    直訳:~の下の雪
    意味:雪で埋める、(数量で)圧倒する、(選挙などで)圧勝する

    今学期の授業がすべて終わり、指導教官とメールのやりとりの流れで、「(僕が授業で教えた) “multiple identities” って日本語で何て表現するの」と聞かれた。時期的に来年度のシラバスを作っているみたいで、質問というより相談っぽかった。彼が授業でさらっと伝えていたから、なんとなく、学生の耳をさらっと流れたように感じたやつだった。たぶん、日本語に訳すだけじゃだめだぜ、先生。深い考えなのに、重要なのに、そう聞こえない。それをわかってない軽い質問なのか、わかったうえでの重めの質問なのか。わからないのでいくつかの視点を入れた、長めの返事をした。

    「え、軽く聞いたわ、でも軽く話しちゃいけんってわかったわ、思ってたんより詳しい回答ありがとう、あとでよく読む」みたいな主旨のメールが来た。 “I’m snowed under with work right now.” と添えられていた。仕事が雪のように降り積もって身動きが取れない、仕事に忙殺されているという意味だ。雪に埋もれてるっておもしろいな(ひとごと)。補足情報を含めた返事の冒頭に “snow” と書いた。これも雪です、あとで読んで、の意味で。

    10日後、エッセイの骨子を提出した。「風邪引いたので返信遅れる」と返事が来た。ああ。雪に埋もれて冷えたんですね。シラバス、採点、入試の繁忙期。私のことなど後回しにしてくだせえ、全然急いでないっす、と書いて、敬具で「早く良くなる魔法の呪文」を送った。

    日本各地に大雪が降った日、先生から骨子へのフィードバックが届いた。ありがたや。「おおむねオッケー、パラグラフライティングの型を守れよ、読むの楽しみ、タイトルは変えて」という感じ。

    春休み、しっかり勉強して書きます。その前に、今日は選挙に行きます。人権がなくならないように。もっと認められるように。雪かき、がんばってください、と返した。私たちの住む街に、雪は積もっていなかったのに。夜、氷のような風の中、投票に行った。先生はこの国の選挙権を持っていない。

    開票速報。翌朝の確定議席。圧勝。

    雪が積もる。春が来ても溶けなさそうなもの。どこをどういうふうにがんばれば、雪かきが終わるんだろう。

  • 立春に問う

    道の先で、手をつないだ老夫婦が歩いていた。男性は左手に節分豆の入った袋をぶらさげている。近くのお寺で買ったんだろうな。女性の白いコートのフードのファーに、冷えた光が反射する。ふたりで豆まきするんだろうか。将来なりたい姿の断片は、ふとした時に見つかる。春の曲がいいぐあいにサビに入って高まる。

    ふたりは短い横断歩道を赤信号で渡った。参拝とは。手をつないだまま、やっとこさ階段を上り、パチンコ屋の中に消えた。福はうちは明日だよ。

    電車待ちのあいだ、耳栓をして、英文を読む、つもりが、近くの女性の電話の声が耳栓を通過して叶わない。待つ。

    「さやかさん、あのね、私ね、節分豆を買いに出たのよ。それを森野さんに伝えてほしいの。ええ。ええ。そう。頼むわよ」

    「ああ、田中さん、こんにちは。明日ね。そう。うん。うん。ね。節分よ。豆ね、そう、そう。私はこれから。うん。そう?ええ。ええ」

    「今お電話だいじょうぶ?ええ、そうなn」

    離れる。できるだけ遠くへ。ホームの端へ向かって歩く。電車がゆっくりやって来る。ねえ、節分の何が、人々をあんなに。

  • にんじんを食べられる人に憧れて、試行錯誤してみる。嫌いとわかる。私の行動の基本パターンだ。

    たとえば「普通」と呼ばれるもの、「レール」「慣習」みたいなものにまず近づく。そこに安住できればいいなと思いながら、そう考えている時点で、たぶん合わないんだろうな、という予感はどこかでしている。

    それは「私はこういう人間だから」を強化するために、合わないと結果が見えている場所や方法にわざわざ近づいているのではない。私にも合う場所・ものがあればいいなとは心から思っている。都度、過去の記録をリセットして考える。だから新しい場所・ものに向かうたびに緊張する。私はそこで、何を感じるのか。

    入ってみるのは、旅か、潜入捜査みたいだ。そこにあるものと自分の反応や機微を観察して、「私が好むのは〇〇ではない」という些細な否定文の集積を持って帰る。収穫は、スーツケースぱんぱんなときもあれば、ジーンズのポケットで充分なときもある。

    この前初めて会った人は、私の憧れを話したら驚いていた。「ではない」の集積を生きているからだろう。指導教官も、最初は不思議そうな顔をしていた。メール、論文、授業の発言、会話が、いわゆる学生のそれとは(私が意図したことではないけれど)外れているのに、本人が慣習的なものに憧れているのだ。私が今後の見通しについて相談すると、言葉を濁される時期が続いた。

    11月、大学とは別に取り組んでいた潜入調査を切り上げた。お金は払っていて、まだチケットが残っていたけど、私の求めるものと決定的に違うとわかって途中で止めた。それも含め、去年の後半に学んだことを整理して指導教官に送った。

    “I realized that it’s finally okay to admit that I am not a conventional person. I am an unconventional student under an unconventional supervisor, using a conventional system unconventionally. I had always learned the conventional patterns first and then always deviated from them. I was confident that this time too, but I never expected to stop so soon.”

    「自分が慣習的な人間じゃないことを、ようやく認めていいと気づきました。私は従来のシステムを型破りに使って、型破りな指導教官のもとで学ぶ、型破りな学生です。私はいつも慣習的なパターンを先に学び、そのあといつもそこから逸脱してきました。今回もそうなるんだろうなという自信はありましたが、こんなに早いとは思わなかったです」

    会ったとき、彼は「今までの話の意味がわかった」と言っていた。 “You can’t ‘enter’, right?”(紺は、入れないんでしょ)と加えた。 “enter”は、入る動作のことじゃない。入った先の場所にとどまること、とどまれること。

    私はとどまることができない。いつも “try to enter” に終わる。実体験で消去法を進めていく。

    英語を学び始めて、もう数十年になる。スタンダードを目指して学ぶこと、正解の英語の習得を追い続けるのは、そういえば私の目的と乖離すると気づいた。先生に話したら、「イギリス英語には、もうだいぶ前から、スタンダードという考え方がない」と言った。紺、気づいたね、みたいな顔で。きっと、勉強し続けたから気づけた。でもその年月のぶん、逸れるのは怖い。

    私が毎日できるだけつけているハビットトラッカー。習慣作りをうまくやりたいゆえのものじゃない。「ではない。じゃあ何?」や、緊張、不安、怖さ、疲れでいっぱいの生活の中、自分の「いつもの」をもつための、せめてもの規律だ。壁にぶち当たって、その反動で次の壁に向かって行くしかできない私の基地。

    同じことばかりしている。
    うんざりするくらい、同じパターン。
    私の来た道を俯瞰して、 “connecting the dots”ができるなら、それは壁に開いた穴やへこみだ。

©2025 川瀬紺 / Kon Kawase