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  • 9月は長く感じた。こうやって記録していると、いかに現実(『存在と時間』)から逃れたかったか、逃避が逃避になってなかったか、やはり読みたいと思い続けていたかがわかる。

    『存在と時間』の入門ルートはいくつもあるだろうけれども、私は中山元訳を選んだ。本の半分が懇切ていねいな解説で、ゆえに8冊あるというボリューム。解説を先に通読した。用語をAIに入れて用語集を作り、テストにつきあってもらって覚えた。そしてハイデガーの本文を読む。このやり方を2巻目で見つけ、8巻まで通した。彼はそれまでの哲学が見誤っていた「存在」に焦点を当てるために、数えきれないくらいの造語を駆使した。なので、読者はほぼ、外国語を一から学ぶようなものだ。指導教官は英語で読んだらしく、読むのにすごく苦労したと言っていた。私はそこまでではなく(そこまでではないと言っている時点で読めていないのかもしれないが)、日本語だからかもしれないと言った。ドイツ語の “In-der-Welt-sein”は、英語で “being-in-the-world”と長いのに、日本語だと5文字、「世界内存在」である。ハイデガー読むのが楽しいことを「すごい」とか「読めてないんじゃないか」とかジャッジせず、「日本語ってビジュアルだもんね~」と言う彼の姿勢が心地よかった。難しいものを読めて偉いとか、読めなくてだめとか、そういうことではないからね。

    私は認知的に現象学と相性がよく、フッサールを楽しく読み、それを存在論にしたハイデガーもおもしろく読んだ。轟先生の『ハイデガーの哲学』は、読めてよかった。ハイデガーといえば『存在と時間』じゃん、ナチスに加担したんじゃん、というステレオタイプ的な知識を、はさみでぱちんぱちんと切るように、ひとつずつ改めてくれた。『存在と時間』だけが読まれ過ぎている、ハイデガーの哲学は後期のものも含めてとらえるべき、彼がナチスに加わった目的はナチスと目的が異なり、それゆえに彼は短期で辞職し、自分の思想を更新し続けた。言葉の定義が違うから離れる、しかし自分の思想の核が間違っているとは思えないから、考え続け、論文で証明しようとした人、という印象。明らかなカリスマ性や過ちがあり、ゆえに偏見も持たれる人、というのが、現時点での彼に対する研究の成果のひとつだと理解した。だからたぶん、『存在と時間』の語り口やダイナミズムがおもしろい、と思うのはやましいことじゃない。とはいえ、

    ハイデガーは「存在への問い」を突き詰めた結果、自分が語ろうとしていた事象は「存在」という語によっては示しえないことを明瞭に自覚することになった。「存在」はじつは「存在」ではなかったと言うのである(!)。

    轟孝夫『ハイデガーの哲学』 p.475

    ハイデガーのどのテクストでも、読みたいと思ったものを読みたいところから読めばよいのである。ハイデガーはどこにおいても、ただひたすら「存在」のみをさまざまな観点から試行的に語っているにすぎない。

    轟孝夫『ハイデガーの哲学』 p.495

    2ヶ月かけて読んだ結果が、まじかよ、「存在」が消えちゃった!ということだし、要約すれば「ハイデガーはとにかく「存在」」なのだけど、彼は86年の人生をかけて取り組んだわけで、なんだか哲学というのは、その哲学者の思考の試行錯誤史を追うようなものだなと思った。

    ハイデガーを読んでいて、ランチにキッチンに立ったとき、よくNetflixでフリーレンを観ていた(もう何周目か知らん。基本的に静かで好き)。ぽけーっと見ているとき、ザインという僧侶のキャラクターに、ん?と思った。もしかして、と調べたら、フリーレンの言葉が基本的にドイツ語だと知った。Sein(ザイン)は、「存在」である。ちょっと気晴らしに、と思って手に取ったものにハイデガーの影響があって、サブリミナルみたいだった。『葬送のフリーレン』自体、存在論的よね、と思って、マンガも読み始めた。

    Xのリポストで見かけた『ハーモニー』のマンガ版も読んだ。セール中だったので、4冊合わせて1000円いかなかった。だからさっと読み終わる軽い作品なんだろうと思っていたら、全然そうじゃない、ハードなSFだった。ハイデガーから逃避したくて読み始めたのに、フリーレン以上に硬派な存在論だった。綺麗なディストピア。作者は伊藤計劃(いとうけいかく)。英語表記だと “Project Itoh” というのがかっこよくて、私もそういうのにしたいと夫に話した。彼は私の実名でごにょごにょ遊んだ結果、なんかプリキュアみたいな、どこかの化粧水みたいな名前を出してきた。「やーい、ぷりきゅあ」と言ってくるのも、それにむきーっとなるのもレベルが知れている。彼は「同じ作者の『虐殺器官』もおもしろいよ」と言ったあと、笑うのをやめて、「でも早くに亡くなっちゃったんだよね」と言った。

    YOUと藤井隆のYouTube動画の話のトーンを頭のどこかでリピート再生しつつ、『ニューヨークで考え中 5巻』の表紙のように、「ふ~」と息抜きをした。『GISELe』のブラックコーデ特集を細かいところまで読み、ボートネックのトップスを2枚買った。

    『存在と時間』と『女の園の星』は、「冷静に考えると、この時間、なんだったんだろう。でもなんかよかった」という意味で似てる。

  • 物体としての本に「なるほど」と思うことがあってから、エッセイを本にまとめたいなと思っている。けれど過去のものを読み返したときに、少しずつ文章が変わってきていて、どこをどう切り取って編集しようか悩む。

    何年もの独学のすえに大学に戻ったこと、「ふたりでごはんを」を改稿して手ごたえを得たこと、それが結果的に創作大賞の中間選考に残ったこと、「言葉の森を行く」を書いたことが、大きな変化点だったと思う。幼いころから書き続けているのに、まだまだ自分の文章が変わるのだと、変えられるのだと実感した。

    ニュースレターと共に月曜日更新というリズムを作ってからは、キユーピー3分クッキングのタイトル曲のような軽快さで、「はい、今日はこちらです」と材料がぽんと出てくるのが、自分の文章なのにおもしろい。過去に書いたものを覚えていないので、たぶん重複もあるだろうけれども、できるだけそうならないように、その週に採れた新鮮なものを使うようにしている。

    私が書く文章は私の文章だ。ミスや愚かさや甘さはあろうが、その時点での私である。人の文章と比較して落ち込まない。一般教養の生物学の授業(楽に単位を取れるらしい授業の抽選に落ちて第3希望になった、厳しいやつ。実験込みだから単位数が多いやつ)で、生物学の先生が、「そう簡単に比較できると思うな」と言った。ショウジョウバエのDNAを取り出して比較する実験をしていた。「あらゆる条件をすべてそろえた上で、ひとつだけ変える、それでやっと比較できる」。あっ、とつまずき、落ち込み、何か比較したくなったときは、生物学の先生の声がショウジョウバエのイメージと共に聞こえる。条件が違うモノや人ばかりだ。比較できない。どんなに比較して落ち込みたくても、先生は許さない。

    今の英文学の先生が、授業で、「この授業のレポートでAI使うとバレるよ。僕はこの作家をAIで調べたときに出てくる研究とか情報、ほとんど知ってるからね~」と学生をけん制した。後ろの席で気楽に聴講していた私は、休み時間に「先生、私がAI使うのは校正のときメインです」と言った。「わかってるがな。どうやったらあれをAIが書けるのか。むしろもっとAI使え(英語/意訳)」と言われた。私が書く英語の文章も、ネイティブスピーカーから見て、私の文章であることが隠せない。逃れられない。だから、ライティングもスピーキングも、ネイティブみたいな流暢さではなく、日本語でエッセイを書くときの頭や心の動きの再現性を高めようと努めている。

    季節で言うなら、秋に入ったくらいかもしれない。

    To Autumn (秋に寄せる)
    ジョン・キーツ

    霧とまろやかな実りの季節、
     もの皆を熟させる太陽の腹心の友よ、
    あなたは太陽と示し合わせて、かやぶき屋根の
     軒を這うぶどうの蔓に、たっぷりと実を恵み与える。
    苔むした田舎家の木々を林檎の重みでたわませ、
     ありとある果実を芯まで熟れさせる。
      かぼちゃをふくらませ、榛(はしばみ)の殻にぎっしりと
    甘い果肉を詰め込み、さて次から次へと
     遅咲きの花々を芽ぐませては、蜜蜂を喜ばせ、
     暖かい日々はもう終わらないと信じ込ませる―
      「夏」が彼らの巣穴をべっとりはちきれさせたので。
    収穫の場で、あなたをよく見かけない者がいるだろうか。
     居場所を尋ねて出かけてみると、あなたはときどき
    穀物蔵の床にのんびり坐り込んで、
     籾殻をふるい分ける風に、髪を軽くなびかせていたり、
    刈り入れ半ばの畔溝で、罌粟(けし)の香りに眠気を誘われて、
     ぐっすり寝込んでしまい、隣の畔の作物や
      からみつく花々を、鎌で刈り残す。
    時には小川を渡るとき、あなたは落穂拾いの女さながら、
     穂の束を載せた顔をしゃっきり立てたり、
     林檎搾り器のそばで何時間もまた何時間も辛抱強く、
      雫が最後まで出尽くすのを見届けたりしている。

    では「春」の歌はどこに―そう、どこにあるのか。
     気にすることはない。あなたにはあなたの歌がある。
    縞模様の雲が、ひっそり死んでいく一日に華やぎを添え、
     刈り株畑をばら色に染めるころ、
    川べりの柳の陰で小さな蚊の群れが物悲しいコーラスで
     むせぶ―そよ風が吹いたりやんだりするにつれて、
      浮きつ沈みつを繰り返しながら。
    そして、まるまる育った小羊が丘の辺で大声で鳴き、
     生垣のこおろぎが歌う。すると、庭の茂みから
     胸の赤い駒鳥が、やわらかな高音で口笛を吹き、
      群れ集い始めた燕が、空でさえずりを交わす。

    川本晧嗣編『新編 イギリス名詩選』 pp.234-239

    この詩の冒頭は、 “Season of mists and mellow fruitfulness, / Close bosom-friend of the maturing sun”。
    シーズノブミスツエンメロウフルートゥフルネス、クロスボソムフレンドブザマチュリングサン。
    完熟した果物を食べるときのような、舌の動きや音。

    春に生まれ、夏にいっぱい汗をかいた。無駄に思える動きや探検をたくさんして、なにかをつかみ、私はこのあたりに、とピクニックシートを敷いて本を広げ、空や風の匂いを知り、落ち着くことを自分に許せるようになったような。変わってしまうことの予期できなさがおもしろさに変わったような。たまにイガイガの栗や松ぼっくりが上から落ちてくるような痛みがあっても、1日、1週間で見ると、まあまあいい日だったと笑えるような。暦上はすぐに過ぎるけれども、私の秋はこれからしばらく(本作りの悩みは適当に続く)。

  • 髪を伸ばしている。毛先が肩に当たってかゆかったり、はねたりする長さをようやく通過した。通過したときのご褒美にととってあった、美容室の日。15年のつきあいになる美容師さん。彼は都度、どんなふうに切ったか、どんな感じだったかのノートをつけている。店に着いたら、私が最後に行った6月の日付のルーズリーフが、ワゴンの上に開いてあった。

    美容師さんには、私も夫も切ってもらっている。つきあってしばらくしたころ、2000円の理容室しか知らなかった夫に、美容師さんを紹介した。「かわいくしてもらったら」と伝えた。夫は美容師さんを指名して予約し、当日、椅子に座るなり「『かわいくしてください』と言えと言われて来ました」と言った。なぜ新規の男性客が自分を指名してきたのかわからずにいた美容師さんは、夫の発言の裏にいる私を見抜いた。20代なかばの男性の、緊張した面持ちの、徹底的に受け身の、しかしまっすぐな「かわいくして」に、どういうカットで返せばいいか悩んだ。試行錯誤のすえの髪型は本当にかわいかった。髪を切るだけで好きな人が喜ぶことに味をしめ、彼はいっしょの美容室に通い、スタイリングの主体性を完全に我々に任せるようになった。

    私と美容師さんはたいてい夫のことを話す。昔は「どうやって彼のかわいさをもっと引き出すか」「どうすればかわいい髪型が長持ちするか」「加齢における今後のかわいさをどうするか」などを話し合っていた。髪型という物理的なかわいさの設計が内面に影響を及ぼし、夫の内面のかわいさが爆発し、きらめき始めた。夫が35歳を超えたあたりで、「なぜ、あの人はかわいいままというか、年々レベルアップしていくのか」「加齢とは?」という問いにシフトしていった。「夫さん」とか「あの人」が概念化し、「あれ」になった。おたがい、「あれはちょっと次元が違うね」とか言う。

    夫がつかう言葉の中に「概念」がある。玉ねぎを炒めて小分けして冷凍したものは、オニオンスープの概念。コンソメとお湯を注げば朝食のオニオンスープになる。彼にとって抽象化は美しいものであり、概念は褒め言葉。

    先日の豪雨の夜、名古屋の交通機関が全て止まった。運転再開の目途が立たなかったので、夫は歩いて帰ってきた。サイレンや警報がばんばん鳴る中で、さぞ疲弊し、暗い顔で帰ってくるのだろうと思っていた。「ただいまんごー」と言って扉を開けた彼は、「紺ちゃんに会える!と思って歩いてたよ」とにっこにこしていた。

    私「さすがに、えっと思いました。私だったら不機嫌にふてぶてしく帰りそうなのに、彼はにこにこのメンタルなんですよ」
    美容師さんが、「そうですよね……」と遠い目をする。
    私「そのあと、きらきらした目で『治水』(水害対策)の話をしてました。名古屋の治水すごいんだねー!!って。小学生のころ、お父さんのパソコンで、三国志のゲームをしてたんですって。当時は面倒くさくて治水コマンド使わなかったけど、名古屋の水はけのよさを目の当たりにして、いかに治水が大切か実感したって言ってました」
    美容師さん「その日、僕も治水について考えてたんですよ。僕が思い出したのは信長のゲームでしたけど。誰かに治水の話をしたいって思ってました。紺さん、治水の話なんて聞くんですね」
    私「だって夕飯の間、ずっと楽しそうなんですよ、治水で」

    長くなった髪に合わせて、前髪の感じを少し変えてもらった。本屋に行き、大学に寄り、用事を済ませていたら、夫と帰る時間が重なった。駅で待っていたら、改札から現れて、私の目の前を通り過ぎて行く。ねーえと声をかける。「ん?」と言いたげに振り向いた顔が、すぐに少し赤らむ。「なんでここにいるの」と言いながら、目尻は下がり、唇はもごもごしている。明らかに、ニュー紺ちゃんがかわいいが今ここでは出せない、という顔だった。おもしろかったので、ちょっと待って、よく見てと言い、彼の周りを3周くらいして新しい髪型を披露した。私はショートボブが好き。彼の好みはゆるふわロング。風になびいてふわっとするやつ。なので今は夫の好みに合わせます期間。

    夜、私は耳栓をして、壁の方を向いて読書していた。夫が私の視界の左下からぬめっとフェードインしてきた。「おやすみしよう」と言った。私は勉強机から立つ。ふたりでリビングに移動する。立ったまま抱き合う。夫が私の左足を静かに踏む。私は夫の左足を静かに踏む。両手の指を絡めて、おたがいの手を押さえる。その状態で、どうにか相手の足を踏もうとするゲームが始まる。私は果敢に攻撃するタイプ。夫は基本防御で、たまに大きく足を伸ばしてくる戦術。夜の11時過ぎ、ほんきのたたかい。お風呂に入ったあとだから、牛乳石鹸の匂いがする。私の攻撃がうまくいくたびに、彼はくやしそうに笑う。水分を含んだほっぺが弾んでつやつや光る。

    「ただいまんごー」のほかに、「おかえりんご」、「おやすみんと」もある。彼はマンゴーもりんごもミントも食べない。というか好きじゃない。「おやすみんと」と言って、両手を小さく振り、自室へ去った。

  • 研修生の継続申請が許可された。教務課からは、「よっぽどのことがなければ通ります」と言われていたけれど、私がよっぽどの過ちを犯してしまうことは十分にありうるわけで、このところずっとそわそわしていた。そわそわが高まって不安になったときは、提出した1年目の報告書と、継続申請書の文章を読み、これだけ書いたのだから大丈夫と言い聞かせた。だけど、眠って日が変われば、その大丈夫も忘れてしまう。いちいちパソコンでデータを開くのがめんどうになり、印刷して、いつでも取り出して見れるようにした。好きな人や家族を思い出したくて、写真や手紙を手元に置いておくのはよく聞く。私の手元には書類、しかも自分が書いたやつ。

    研修生、あるいは研究生というのは、通常、大学院を目指す人のための制度みたいだ。研修生として学んで、力をつけて、大学院の試験を受けるような。留学生が大学院に入る前に日本語を学ぶためにも使われる。私は大学院に行くつもりはなく、自分の研究のために使っている。

    研修生制度がない大学も多い。あっても、正規生とほぼ同じ学費で、授業ごとに申請や追加費用が必要だったりする。聴講だけで、個別指導はない場合が多い。今の大学は、学費が月1万円にもいかない。指導教官にもよるけれど、許可があれば授業は好きに聴講してよい。個別指導がある。留学生の場合、むしろ週次の個別指導が必須。私は最初の頃こそ、人に研修生制度を勧めていたけれど、最近はしていない。この大学が変わってる。

    英文学で修士レベルを目指してがんばりたいと入学した。しばらく授業を受けたあと、先生に、もう修士レベルじゃん、というか、あなたの目的と学びたいことを大学院の指標で測ることがはなはだナンセンスと言われた。自走できる、テーマもってる、英語読める、モチベ下がんない、書き続けてて読者もいる。ここで「だからあなたはここにいてはいけない」と言われるか、「だけどあなたはここにいてよい」と言われるかが分岐する。たいていの先生は前者だと思う。私の指導教官は変わっていて、一旦保留にし、1年かけて見極め、後者をとってくれた。

    秋学期入学なので、7月に1年のまとめの報告書を書いた。研修生はおろか、大学院生も少ない大学なので、形式自由。期待されてない。私は事務的な無味乾燥な書類ではなく、「学部長にコミュニケーションを試みる書類」と考えて、学びの過程を丁寧に記した。大学の財務諸表を読んだら、いろいろな理由で、学部長のプレッシャーがすごそうだった。その中で自分の研究時間を守る指導教官も大変そうだった。両者に益があるような、「この場所で学べることに本当に価値があった」と具体的に表現する文書にした。社会人経験というのは、こういうときにこそ発揮されるべきもの。

    報告書を継続申請書と共に提出したあと、合否発表の9月までの日々。振り返ると、先生に指導をお願いしたいとメールした日からずっと、新しい環境でリスクを取り続けてばかりだったと気づいた。まずもって、わけのわからない、世界のバグのような制度を見つけたところからなんか変だった。そこから辿って見つけた先生は、なんかほわっとしてる、だけど絶対頭が切れる戦略家だと思った。入学してフタを開けてみたら、なんだよまじかよこの人、と思うくらい自由で、なんで日本の大学にいるんだよと思うくらいの戦闘力の人だった。先生からしたら、お前はなんでそのキャリアで突然ここに来たんだよという感じだろうから、たぶんおたがいさまである。指導方針や関心領域が偶然かみ合った。私がずっと好きだった詩人について、彼が長年授業をもっていたこともわかった。

    なんだこれは。ここで腰を据えて学び続けたい。いやしかし。学位目的でもなく研修生制度を使い続けるなんて一般的じゃない。数年に渡って申請したら、スパイとか怪しいやつとか思われて不合格になるんじゃないか。そう思って電話で問い合わせたら、教務の人は、はははははははと笑い転げてくれた。しばらく声が遠くなってた。友達なんかできないと思いつつ、先生が「上下関係ではなくて水平関係を築こう」と言ってくれていたのを真似したら、60代の清掃スタッフさんと、21歳の学生と仲よくなった。39歳になって大学に入ったと言ったら、母校の同級生は「いいねぇ~」と引いた顔をした。昔から言われ続けていた「あんたは変わってるから」という言い方には距離があることに気づいた。同じ台詞でも、今私がいる環境の人、夫、先生、友人、教務の人は、距離がない。どの人も同い年ではないのに、目の前で吹き出してくれる清々しさがある。

    論文を書く。年に数回、先生とお会いする。その他はメールでのやりとり。図書館やデータベースは使い放題。先生のバックグラウンドや、英語のネイティブスピーカーであることを考えると、イギリスの大学院に留学しているような、しかもそこから一切の「やらなきゃいけない」「こうあるべき」という圧を排除したような、きわめて知的にありがたい、あることが難い環境だ。限られた時間で存分に学べるよう、2年目はイギリス留学しているつもりで1日1日を大切に生きるつもり。

    清掃スタッフの友人が日本に来たとき、私は生まれていなかった。先生が日本に来たとき、私は受験勉強をしていた。今通っている大学の過去問も解いていた。私が大学生のとき、21歳の友人は生まれたばかりだった。今、ここでしかできない学びがある。今、ここでしかできない学びにする。報告書や申請書に書いたことが、今までの思いを凝縮していて、何度も立ち戻りたいと思う。

  • スマホがピコンピコンピコンと鳴って起きる。時計を見ると朝5時。何事かと焦る。LINEを開いてほっとする。最近いろんなことがあったんですという、ニコニコの写真とメッセージ、フロムノルウェー。

    会話に応じると、「え、起きてる?」と来た。あなたのせいで起きたわ。でも目が覚めてよかった、ちょうどいい。あちらは1日が終わる時間、こちらは始まる時間。

    彼女が留学に行って1ヵ月になる。私たちは、出会ってまだ1年経ってない。大学の授業前、トイレで何気なく挨拶したら、「話してみたかったんです」と返ってきて、以来1クォーターぶん、いっしょに授業を受けた。テスト対策を手伝った。テストが終わって、ランチの約束が2回流れた。「風邪」と言っていた。連絡がないまましばらく経ち、別の授業の休憩時間、トイレで偶然会った。「おぅわ、紺さん!!」と驚いていた。私は、メイク直ししていた彼女の友人に、ひそひそと声をかけた。この人、私に近づいてきたのは単位目的じゃないって言ってたんですよ、でもね、テスト終わってから連絡なくて・・・。鏡越しに目が合った彼女は口を大きく開けて爆笑している。友人のほうは、「あー、そうなんですよ」とにやにや乗ってくる。結局3人でしばらく笑った。「風邪」がほんとうに風邪だったらしい。単位目的で近寄ってきたのではなかった。

    年齢がひとまわり以上離れている人と、利害関係なく話すのは、今までになかった経験だ。「お気に入りのおしゃれカフェのメニューをコンプリートしたい大学生」のようにカテゴライズすれば、いくらでも均質化して没個性しそうなのに、どのオムライスにしようか延々と楽しそうに迷っているという姿で現前するのを強烈に見て、オムライスなんてどれも同じではと一瞬思った自分を恥じた。という話をしたらおもしろがっていたので、おもしろい人だ。なんとなく、管理職を経験しないまま会社を出られてよかったと思った。人に、「この子」とか「部下」とか言わないままでいたい。

    夏のテストが終わって、彼女が留学へ行った。私は1年の研修生期間を終えて、休みに入った。8月、本を読んでいて、あれ、なぜこんなに心が穏やかなのかと思った。すーっとした凪。不安のない静けさ。振り返ってみて、去年の夏から、新しい挑戦ばかりしていたことに気づいた。思いついたらやってみた。思ってたんと違うとなったら「失敗」とかラベルをつけずに淡々と軌道修正した。リスクを取り続けた。新しすぎる環境。同世代と話が合わなさすぎるキャリア。浮かざるを得ない年齢差。1日の7割くらいが全部英語。

    この1年、留学しているみたいだった。ずっと怖かった。あなたががんばる姿を見て、私ももっとがんばろうと思った。来年度の継続申請が認められるといい。継続が許可されて、あなたが帰国したら、またごはん行こう。あなたのことをもっと知りたい、みたいなメッセージを送ったら、留学生活、まーじこわいけどがんばりたいという気持ちがいっしょだと返信が来た。

    彼女は気軽に自撮りを送って来るが、私は送れない。あー、音楽何聞くのとたずねる。音楽の話を交わす。この前Xで見つけた、「もっと人気が出てもいいはずの曲」の動画を送った。イマジナリーフレンドというと、子どもの空想っていうイメージだったけど、この歌詞は違うんだよ。dreamを、寝てる時の夢と、目指してる夢のダブルミーニングで読んでみて。日本語字幕あるけど、私は英語バージョンが好き。

    英語バージョンで、というメッセージにすぐに既読がつく。私の、初めて見たとき泣いた、というメッセージはすぐには既読にならなかった。しばらくして既読になり、「涙でた」と来た。

    Who am I? The evolution
    I was born inside your dream
    Trust me, I’m not a delusion
    Oh, I am everything you wanna be

    Come on and dance, dance and don’t stop, I’m a little lucky spark
    Stoke that feeling in your heart
    You and I, we gon’ ride, can’t stop thinking about our vibe
    We can jump, we can run and I’m killing it to the top, yeah

    Call out my name in the middle of the night
    When you are afraid, call out my name, yeah
    Call out my name in the middle of the night
    Yeah, call out my name

    You know I’m your imaginary friend
    You know I’m here tonight to give you strength
    When there’s monsters on your ceiling
    I’ll keep you safe and I’ll keep you dreaming
    You know I’m your imaginary friend
    You know I’m, it’s you and I until the end

    私が誰かって?進化だよ
    私はあなたの夢の中で生まれた
    信じていいよ、妄想じゃない
    私はあなたがなりたいもののすべて

    さあ踊ろう、踊り続けよう、私は幸運をもたらす火花
    胸の奥のワクワクをもっと燃え上がらせて
    あなたと私でぶっ飛ばしていこう この感じ、たまんなくない?
    跳ぶことも走ることもできるよ 最高な姿で引っ張ってあげる

    夜中、怖くなったら、私の名前を呼んで

    わかってるでしょ、私はあなたのイマジナリーフレンド
    今夜、あなたに力を分けるためにここにいる
    天井に怪物が潜んでいても
    私があなたを守る 素敵な夢を見続けられるように
    最後までいっしょだよ

    ITZY Imaginary Friend (English Ver.)と拙訳

    どの友人といるよりも、自分といっしょにいることのほうが多い。自分を客体化して、イマジナリーフレンドにして信じる。がんばりたい自分が、がんばれない日の自分を支える。空想上の計算。あくまでも理想。それでも。

    またねと言ってスマホを閉じ、手帳をめくり、今日やることを書き出した。白湯を作りに、いつものように台所に行った。

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