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  • 論文を読み終わって午後5時。コートをはおり、財布をつかんでスーパーに行く。スパークリングワインが欲しい。今日は完璧なカルボナーラを作る。

    小学4年生のとき。キューピー3分クッキングで「カルボナーラ風スープスパゲッティ」が流れた。スパゲッティといえば麺とケチャップを和えた、ただ赤い食べものだったので、白くてとろとろのスパゲッティに見入った。材料をメモし、父に電話して頼んだ。作りかたは録画したビデオを巻き戻して覚え、何度もイメトレした。お湯の準備に10分かかった。麺を茹でるのには8分だ。キューピー3分クッキングは、3分で作り終わることを意味しない。大人はやっぱり嘘つきだ。夕食を私が作ると言った手前、家族はリビングで待っている。キューピーは、この料理にはテキパキさが大切だと言っていた。いつもの母は、茹でた麺をボウルに入れ、ケチャップと混ぜるだけだ。ゆっくりでもなく、のっそりでもなく、なんかだらっと混ぜる。キューピーは母よりずっとテキパキしていた。知らないうちに材料を切り終えているし、いつのまにかスパゲッティは茹で上がっている。追いつかなければと焦る。父が買ってきたのはベーコンではなく3パックセットのハムで、粉チーズではなくとろけるスライスチーズだった。肉は肉だし、チーズはチーズだ。たいして違わないだろう。牛乳とコンソメを混ぜて、とろみのある液体にした。ダイショーの味塩こしょうで仕上げをする。テキパキを意識して皿に盛り、食卓に出した。

    6人家族なので、3人分を2回作った。配分を間違えて、2回目の具はずいぶん少なかった。先に食べていた父と妹と弟が、「これがカルボナーラか」と言う。「うぷっ、ってなるね」とも言った。「ばあちゃんには少しでいいかも」とも言った。私も食べてみて、うぷっと感じた。卵とチーズをたくさん使うカルボナーラは、うぷっとする食べものなんだねと、皆で合意した。「カルボナーラ風スープスパゲッティ」の「カルボナーラ」の部分を、私を含め誰も知らなかった。うぷっとなるので、リピはなかった。

    18歳で上京した。大学近くの五右衛門が、パスタの広い世界の入り口だった。実家といっしょだ、箸で食べる。トマトソースにモッツァレラチーズが入ったのが好きだった。チーズにもいろいろあるのだと、むにむに噛みながら知った。メニューにカルボナーラを見つけても、これはうぷっとする食べもの、とみなして頼まなかった。

    スーパーにレトルトのパスタソースが売られているのを見つけたときは怖かった。ボロネーゼ、ポモドーロ、アラビアータ、ボンゴレビアンコ。知らないカタカナ語が並んでいる。東京はレトルトソースですら眩しく見える。嘘つきのキューピーのほうがまだ親しみやすい。そんなことを考えていたら、おばあさんが私の横からすっと手を伸ばし、落合務の「予約でいっぱいの店のパスタソース ボンゴレビアンコ」を2箱取って行った。あのおばあさんは、レストランの予約が取れないからスーパーで買うんだろう。おばあさんでも買うということは、うちのばあちゃんには少しでいいと言われたカルボナーラのような「うぷっ」はないのかもしれない。

    そして私は落合ボンゴレを覚えた。おいしくて繰り返し買った。名古屋に引っ越したとき、最寄りのスーパーでまず確認したのは、落合ボンゴレの有無だった。

    私はレトルト落合のおかげで、ボロネーゼ、ポモドーロ、アラビアータ、ボンゴレビアンコを知った。外食で「ランチパスタセット A ボロネーゼ B ボンゴレ」などを見ても動揺せず注文できるようになった。

    最寄りのスーパー2店が日清製粉の営業力に負けたのか、レトルト落合が「青の洞窟」シリーズに替わった。落合ボンゴレに飢えた私は彼の著書を買った。落合はフレンドリーに話す。「ほら、こうするんだよ」「○○がポイント。簡単でしょ」「ぼくはいつもこれ」と話しかけてくれる。落合ボンゴレ目当てで買った本には、いろんなパスタのレシピが写真つきで載っていた。他社勢力に負けじとレトルト落合を追いかけていた私には、自由でカジュアルな世界が新鮮だった。

    本に載っていた落合カルボナーラは黄色だった。レトルト落合でもカルボナーラは避けてきた。しかし本を買って数年経った先週、突然思った。ねえ、落合、私、カルボナーラ作ってもいいかな。イマジナリー落合は、本に載っている顔のまま、口を開けて大きく笑った。レシピを読むことすら避けていたけど、あらためて向き合ってみると、ボンゴレより簡単そうだった。冷蔵庫にあった卵、ベーコン、粉チーズで作った。落合が「黒こしょうたっぷりめで」と言ったので、多めにした。卵液が固まらないように気をつけた。できあがったカルボナーラは、黒こしょうとチーズの香りが広がって、おいしかった。黙々と、早々に食べ終わった夫は、どこか不機嫌そうだった。言いにくそうに、「麺が足りない」と言った。私たちはうぷっとならなかった。

    キューピーと家族の「うぷっ」の記憶を、落合といっしょに書き換えた。サラダに記念日があるのだ。カルボナーラにもあっていい。1回目は落合のガイドについていくことで精いっぱいだった。でももう大丈夫。作りかたもコツも覚えた。気持ちの余裕がある。スパークリングワインとサラダを合わせて、特別な夜にしよう。

    カルボナーラをふたりぶん、白い皿に盛りつけた。少し高い位置からミルを挽き、皿の余白に黒こしょうを散らす。お店みたいだ。ダイショーの味塩こしょうですべての料理が同じ味になるのが不思議だったころから、ずいぶん腕を上げた。

    私を急かすように、夫がワインのコルクを抜いた。

  • 春休み、大学の図書館は長期貸出をしてくれる。返却期限が2週間の一般貸出とは別枠だ。私は長期貸出でフルに借りたかったけれど、授業の指定図書は一般貸出扱いなので、その2冊を一旦返してまた借りるために図書館に通っている。

    長期貸出の2冊が不要になって返すついでに、新しい本を借りることにした。ハンナ・アーレントについての学術書で、買うと高いやつ。金曜日の朝、OPAC(検索システム)で調べ、所蔵があることを確認し、図書館へ向かった。

    新年度の準備が始まったのか、学生がキャンパスに戻ってきている。健診用の大型車。はちきれそうな桜のつぼみ。

    スマホを手に2階へ行く。ひいきにしているのは地下2階の、暗くて迷子になりやすい棚なので、まずフロアに日光が入っているだけで新鮮。

    専門分野の本を探し当てるのは速い。専門外の本は、分類番号を知っていてもあわあわする。このあたり、をようやく見つける。借りたい本の1冊目がない。番号的に近くにあるはずの2冊目、もない。あれ?

    今朝はあったじゃん、と、OPACのページをリロードする。2冊とも「貸出中」になっていた。

    今朝、正確には2時間前にはあったのだ。私が来たときにはもう借りられていた。誰かが私と同じ行動を、同じ日の、同じ時間帯にした。とっても人気の本かというとたぶんそうでもない。だからどこか心強い入れ違いだ。

    入門レベルの本は読み終わったんでしょう。そこから気になることがあってこの2冊。わざわざ春休みに来て借りるということは、熱心に研究している人ですよね。お先にどうぞ、私は次に。

    予約して帰ろうとシステムを開いたら、今借りている人の返却期限が2027年の1月だった。ひっ。院生か先生だ。おてあげ。がんばってください。

    とはいえ必要なので、別の図書館に行って借りた。翌日から読み始めた。演習授業でクラスメイトと同じテキストを読み合うことを、勝手にイマジナリーでやっている気分だ。ふと、ある作家について研究することは、他の研究者にこういう親近感や連帯感を覚えるものなのかしらんと思っていたら、当たり前に集中が切れ、それまで読んでいた文章が飛んだ。

  • 先月末に閉店した名鉄百貨店そばの階段を降りて、名鉄の改札に向かう。次は9分後か。ICカードの入った財布をタッチしようとして、やめて、来た道を少し戻る。

    さっき後ろ姿が視界に入って、あ、と思って通り過ぎた、女性2人組に声をかける。ひとりは赤と紫をベースにした袴、白い花の髪飾り。ご卒業ですかと聞くと「はい!」と答えた。おめでとうございますと伝えた。その日の彼女はとびきり主人公だ。1日中笑顔でいたようで、新たに笑顔になることなく「ありがとうございます!」と言った。目元のピンクのアイシャドウのラメが光っていた。白いスーツを着た、保護者らしき隣の女性にも、このたびはおめでとうございますと伝えた。彼女は「ありがとうございます」と言って会釈をしながら笑った。2人の笑顔があまりにそっくりだったから、それをぽろっと言ってしまったら、照れているのか、もっと見てくださいなのか、いやどう考えても前者なのだけども、2人で身を寄せ合って、おたがいの顔を近づけた。それはこの瞬間を撮ってくださいとカメラを渡されたような構図と心の距離だった。

    私が最初に2人の横を通り過ぎたのは、なんとも言えない、たぶん苦手意識みたいなものがよぎったからだ。保育園から大学にいたるまでの卒業式の一切を私は覚えていない。両親からの祝いや、笑顔や、涙や、よそいきの服や、花やごちそうの記憶がない。卒業は時間の節目で、何かが終わる日ではあるけれども、同時に何かが始まる日で、それはたいしたことではなく、いつもの時間が流れて翌日になった。だから、この時期におしゃれをして明るい空気を放つ人々はまぶしい。

    ただ、道を戻ったきっかけはそれを思い出したからでも、傷を再確認しに行きたかったからでもない。彼女がきれいだったから、そこに差す光がきれいだったから、きれいだと伝えないと後悔すると思った。2人を見て感じたのは羨望ではなくて、今日も生きられてよかったということだった。人を目撃して、目撃された。嫌な記憶が起動しなかった。

    その週末、夫とほっともっとに行った。海鮮天丼を食べるため。昼過ぎ、風が冷たい日、車がたいして通らない住宅街を歩く。生成AIを議論の相手にする考え方、方法を話し合う。どんな言葉を記憶させて、文脈を作るか。ふだん冗談ばかり言う彼は、技術の抽象的な話が得意だ。頭の回転がばか速い。そして容赦なく私の論の弱さを突き、しばしばケンカを売ってくる。身体的応戦ができるのが、AIと違ういいところ。コットンのトートバッグを彼の背中に叩きつけ、もういいとか言って走って先に行く。が、彼の歩幅のほうが大きくてすぐに追いつかれる。彼の影を踏む遊びをする。彼は私との16年の、言葉も、言葉以外の記憶も持っている。もうすぐ、私が実家で生きた年数を超える。

    レミオロメンが再結成した。「3月9日」の2026年バージョンが公式チャンネルに上げられていた。この曲が発売されたとき、私はたしか高校1年生だった。CDを買うお金がなくて、MDにするにもレンタル屋では長いこと貸出中のままで、仕方ないからミュージックステーションを録画したやつを何度も観たり、ローカルラジオにリクエストしたりしていた。そのころはまだ、卒業式の定番ソングではなかった。ボーカルの人が、友人の結婚式用に書いたと雑誌のインタビューで話していた。結婚なんてとても冷たくて、意味のないものに見えていたから、自分の将来にあってほしいとかあるべきとかそういうことを考えたことはなかった。

    溢れ出す光の粒が 
    少しずつ朝を暖めます 
    大きなあくびをした後に 
    少し照れてるあなたの横で 
    新たな世界の入り口に立ち 
    気づいたことは1人じゃないってこと

    瞳を閉じればあなたが 
    まぶたの裏にいることで
    どれほど強くなれたでしょう 
    あなたにとって私もそうでありたい

    夫は目が悪いので、溢れ出す光の粒が見えない。
    大きなあくびをした後に少しも照れない。
    瞳を閉じれば一瞬で眠ってしまう。
    私が「どれほど強くなれたでしょう、あなたにとって私もそうでありたい」と思ったところで、彼はこの歌が琴線に触れる人じゃないし、というかもともと強い人である。

    私たちが立っているのは、ほっともっとの入り口の前。気づいたことは、1人じゃここに来なかったこと。
    さあ春だ、天丼の季節だ、酢豚もいいな、チキン買おうぜなんて、1人じゃ言わなかったこと。

  • 昔、実名のウェブサイトでエッセイを書いていた。それはほとんど今のウェブサイトに移行してある。ふと調べたら、ヴァージニア・ウルフの翻訳が2018年で、いやはや、8年も経ったのかと思う。

    私はエッセイを書く習慣を固定したくて、読んでくれる人を見つけたくて、ペンネームでTwitterを始めた。Twitterバブルがはじけたころだったので、誰からのフォローもアクセスもない時期が長く続いた。ぽつぽつと、フォローしてくださる人や、ウェブサイトをクリックしてエッセイを読むまでしてくださる人が現れて、本当にありがとうございますと思った。1という数字の価値は、昔も今も変わらない。ずっと、ありがたいと思っている。

    私はたまにもらうコメントで、「近寄りがたい」とか「遠い人」とか言われるのだけど、ただそう見えるだけだよ。寝坊したり、栄養バランスのとれた食事を作るのが億劫だったり、つまずいたり、今日は無理だと諦めたりする人間ですよ。夫とけんかもするし。部屋は自分が落ち着くように、集中できるように投資してある。本もよく買う。でもそれだけといえばそれだけ。外食や、服や、旅行などにお金を滅多に使わない。自分の世界の、切り取れる部分だけ、見せているだけ。夢中になれることを、発信しているだけ。

    しばらくしてTwitterが買収されて、アルゴリズムが少しずつ変わって、ついには外部リンクのついた投稿はフォロワーさんに表示されにくいというところまで来た。アルゴリズムに合わせて調整するタイプではないけれど、こちらが害を被る場合は策を考えなければならない。私はクリックされるタイトルを書くためにも、お役立ち情報を書くためにも生きていないので、検索流入の最適化はしていない。たとえば「よ」という作品があるが、これは「よ」というタイトルではなくてはならない。検索流入を考えたらもっと文字数があったほうがよい。だけど私には「よ」じゃなくちゃだめなのだ。

    新しい技術にはとりあえず乗っかってみてから自分の意見をもつ。Xの記事投稿機能はすごい。ウェブサイトに載せてあるエッセイと同じなのに、いつもと違う読者の人たちにかなり広く届いた。3回実験して同じだったので、たとえばウェブサイトからXに軸足を移し、記事投稿ばかりにすればもっと読まれるのだろう。でもそれは私のしたいことじゃないと確認できた。いかんせん、すごいスピードで、新しい人たちに届きすぎる。その力自体は否定しない。ただ、そのスピードが落ちるのもすさまじく速い。X内に滞在してもらうためのアルゴリズムブーストの恩恵を受けたとて、その作品はプラットフォーマーにとってただのいちコンテンツでしかない。

    変わっていく世界で、基盤を持つこと。変わるにしても自分のやり方やペースで変えられること。エッセイの半分は、読まれることによって成り立つけれど、もう半分の書き手の側は、できるだけ主導権をもっていたい。

    というわけで、ニュースレターを始めました。ひとまず軽い無料レターのみです。毎週月曜日、エッセイの更新情報と、今週シェアしたい5つのこと(仮)が届きます。Xを見なくても更新情報が知りたい方、Xもニュースレターも読みたい方、ぜひご登録ください。下記のリンクでサンプルもお読みいただけます。

    2026/3/3 追記:

    学び、書き続けること。枠からはみ出してばかりでも、これが自分だと誇って進むこと。本を読むように世界を観察して考えること。そんな私が、試行錯誤しながらお送りします。ゆくゆくは、このウェブサイトで発表しているエッセイとは違う深度、広さ、視点の作品をニュースレター限定で発表する予定です。私の夢のひとつは、日本語と英語の読み書きが日常に当たり前にあるおばあちゃんになることです。それまでの過程をご一緒できるとうれしいです。

    https://konkawase.beehiiv.com

  • 大学で出会った若い人が、何度か連絡をくれて、そのたびに褒め言葉をくれた。優しくてきれい。私の内面というよりは、外から見えるものだったので、何か誤解されてそうだと思った。違いますからね、と軽く伝えた。外から見える情報で判断していないということだったけれども、それ以上知り合わないまま、連絡は途絶えた。研修生制度に応募した日、「友達できるかなあ」と冗談で言ったとき、夫から「友達作りが目的じゃないじゃん」と言われて笑ったのを思い出した。友達関係以前に、若い人たちに混ざって授業を受けることの難易度が高かった。私を含め、おのおのがおのおのに対して何かを思い、想像したり無視したり場をつないだりして通り過ぎ、学期が終わった。

    文芸のことを話していた流れで、指導教官に「ふたりでごはんを」を読んでもらったことがある。まだ出会って2ヶ月くらいのころだ。何を言われるか予想できなかった。メールが届いた。批評用語を使ったコメントのあと、彼は読後がcoldだと言った。ヒヤッとしたなのか、冷たかったなのか、ゾクッとしたなのか、どういうcoldなのかはわからない。私はヒュッと寒気を感じて、そのあと笑った。この作品は、あたたかい気持ちになったと言われることが多い。けれど、実は私は冷たい作品だと思っている。自分の感情をたいして書いていないから。書かないのではなくて、書けない。あたたかいと言われるのも、冷たいと言われるのも、どんな言葉でもうれしいのに。

    1月末に論文の骨子を出して、フィードバックが来た。来年度のことも話した。年に4~6回、個人セッションの時間を設けてもらえる。彼は私を修士の学生のように扱い、自発的な探究を求めると言った。イギリスの院はこういうスタイルらしい。この半年間、彼の授業を受け、話し合いながら、おたがい誤解と理解を繰り返し、関係を作ろうとしてきた。彼はその間に私の志向性やパターン、スキルの強弱を見極めたんだろう。学部生用の教育をするか、修士用の指導にするか、あるいはそれ以外か。試用期間が終わったみたい。汗ばむ額をハンカチで拭ったら、春風が吹いたような。

    学部研修生でどういうふうに学ぼうかと思っていたから、関係が構築できたうえで、基本的には自発的にやって(ただしアカデミックの型は守って)と野に放たれたのはうれしい。到達したい姿がある、書きたいことがある、仮説がある、そのために調べたいことがある、手に入れたい資料がある。読みたいと思って読んでいるうちに、あれ、これって?となって脱線したり、迂回したり、道に迷って立ち止まったりする。論文を指導教官に提出する、という目標があるだけで、生活にいいぐあいの制限がかかり、安心して没頭できる。数年はこの仕組みの中にいる。駅から大学へ続く道も、図書館も、静かな陽だまりみたいだ。

    暮らしに新しい構造ができてきている。その流れで、何か新しいものを日本語でも英語でも書きたいと思っている。日本語の書きものには発表する場所があるので、今のペースとやり方を続けるとして、ニュースレターのようなルーティンもほしい。無料版は更新のお知らせや軽い読み物、暮らしや考えの断片など。本を作りたいけど後回しになってるから、有料版の仕組みを使って、ウェブサイトでは発表しない新作も書きためたい。どうやったら無理なくできるかなと海外のニュースレターを調査している。編み物の先生には「早くやっちゃえ」と背中を押されている。きっとそのうち突然始める。大学の友達のように、「購読してくれる人、いるのかなあ」と思うけれど、夫は絶対に購読してくれるはずというかすべきなので、他の購読者がいない場合、毎週彼にだけ手紙のようなメールを熱心に送ることになる。それはそれでおもしろい。

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