
研修生の継続申請が許可された。教務課からは、「よっぽどのことがなければ通ります」と言われていたけれど、私がよっぽどの過ちを犯してしまうことは十分にありうるわけで、このところずっとそわそわしていた。そわそわが高まって不安になったときは、提出した1年目の報告書と、継続申請書の文章を読み、これだけ書いたのだから大丈夫と言い聞かせた。だけど、眠って日が変われば、その大丈夫も忘れてしまう。いちいちパソコンでデータを開くのがめんどうになり、印刷して、いつでも取り出して見れるようにした。好きな人や家族を思い出したくて、写真や手紙を手元に置いておくのはよく聞く。私の手元には書類、しかも自分が書いたやつ。
研修生、あるいは研究生というのは、通常、大学院を目指す人のための制度みたいだ。研修生として学んで、力をつけて、大学院の試験を受けるような。留学生が大学院に入る前に日本語を学ぶためにも使われる。私は大学院に行くつもりはなく、自分の研究のために使っている。
研修生制度がない大学も多い。あっても、正規生とほぼ同じ学費で、授業ごとに申請や追加費用が必要だったりする。聴講だけで、個別指導はない場合が多い。今の大学は、学費が月1万円にもいかない。指導教官にもよるけれど、許可があれば授業は好きに聴講してよい。個別指導がある。留学生の場合、むしろ週次の個別指導が必須。私は最初の頃こそ、人に研修生制度を勧めていたけれど、最近はしていない。この大学が変わってる。
英文学で修士レベルを目指してがんばりたいと入学した。しばらく授業を受けたあと、先生に、もう修士レベルじゃん、というか、あなたの目的と学びたいことを大学院の指標で測ることがはなはだナンセンスと言われた。自走できる、テーマもってる、英語読める、モチベ下がんない、書き続けてて読者もいる。ここで「だからあなたはここにいてはいけない」と言われるか、「だけどあなたはここにいてよい」と言われるかが分岐する。たいていの先生は前者だと思う。私の指導教官は変わっていて、一旦保留にし、1年かけて見極め、後者をとってくれた。
秋学期入学なので、7月に1年のまとめの報告書を書いた。研修生はおろか、大学院生も少ない大学なので、形式自由。期待されてない。私は事務的な無味乾燥な書類ではなく、「学部長にコミュニケーションを試みる書類」と考えて、学びの過程を丁寧に記した。大学の財務諸表を読んだら、いろいろな理由で、学部長のプレッシャーがすごそうだった。その中で自分の研究時間を守る指導教官も大変そうだった。両者に益があるような、「この場所で学べることに本当に価値があった」と具体的に表現する文書にした。社会人経験というのは、こういうときにこそ発揮されるべきもの。
報告書を継続申請書と共に提出したあと、合否発表の9月までの日々。振り返ると、先生に指導をお願いしたいとメールした日からずっと、新しい環境でリスクを取り続けてばかりだったと気づいた。まずもって、わけのわからない、世界のバグのような制度を見つけたところからなんか変だった。そこから辿って見つけた先生は、なんかほわっとしてる、だけど絶対頭が切れる戦略家だと思った。入学してフタを開けてみたら、なんだよまじかよこの人、と思うくらい自由で、なんで日本の大学にいるんだよと思うくらいの戦闘力の人だった。先生からしたら、お前はなんでそのキャリアで突然ここに来たんだよという感じだろうから、たぶんおたがいさまである。指導方針や関心領域が偶然かみ合った。私がずっと好きだった詩人について、彼が長年授業をもっていたこともわかった。
なんだこれは。ここで腰を据えて学び続けたい。いやしかし。学位目的でもなく研修生制度を使い続けるなんて一般的じゃない。数年に渡って申請したら、スパイとか怪しいやつとか思われて不合格になるんじゃないか。そう思って電話で問い合わせたら、教務の人は、はははははははと笑い転げてくれた。しばらく声が遠くなってた。友達なんかできないと思いつつ、先生が「上下関係ではなくて水平関係を築こう」と言ってくれていたのを真似したら、60代の清掃スタッフさんと、21歳の学生と仲よくなった。39歳になって大学に入ったと言ったら、母校の同級生は「いいねぇ~」と引いた顔をした。昔から言われ続けていた「あんたは変わってるから」という言い方には距離があることに気づいた。同じ台詞でも、今私がいる環境の人、夫、先生、友人、教務の人は、距離がない。どの人も同い年ではないのに、目の前で吹き出してくれる清々しさがある。
論文を書く。年に数回、先生とお会いする。その他はメールでのやりとり。図書館やデータベースは使い放題。先生のバックグラウンドや、英語のネイティブスピーカーであることを考えると、イギリスの大学院に留学しているような、しかもそこから一切の「やらなきゃいけない」「こうあるべき」という圧を排除したような、きわめて知的にありがたい、あることが難い環境だ。限られた時間で存分に学べるよう、2年目はイギリス留学しているつもりで1日1日を大切に生きるつもり。
清掃スタッフの友人が日本に来たとき、私は生まれていなかった。先生が日本に来たとき、私は受験勉強をしていた。今通っている大学の過去問も解いていた。私が大学生のとき、21歳の友人は生まれたばかりだった。今、ここでしかできない学びがある。今、ここでしかできない学びにする。報告書や申請書に書いたことが、今までの思いを凝縮していて、何度も立ち戻りたいと思う。










