AEA VARFIS-VAN WARMELO I’m looking for structure and accountability this summer so I have founded and will be running a two-person book club where we will read one book and one book only: Grapes of Wrath. I’m not sure why I want to read this so badly that I’m willing to let admin (the enemy of pleasure) get involved, but it’s possible that London’s rolling heatwaves have made me feel some kinship with the Dust Bowl, or perhaps they’ve laid the ground for the broad and biblical moral theatre Steinbeck excels at.
寝るに寝れないので、水をがぶがぶ飲み、YouTubeプレミアムの学割に申し込むことにした。学生証の写真を撮り、認証システムに送る。はじかれる。送る。はじかれる。在学証明書の写真を撮って送る。はじかれる。上限に達したので送れなくなった。仕方ないのでコンタクトフォームから問い合わせる。I attached my student ID as instructed. It is valid until September 15, 2026, so it is still active today, July 26, 2026. Could you please review it again? 自動返信で、「数日待って」と言われる。が、3分で担当者のSさんから連絡が来た。私の名前のアルファベット表記が間違っていたので、手打ちしてくれたんだなあと思う。「これからドキュメンテーションをチェックする作業に入ります」と書いてある。お待たせして申し訳ありませんではなくて、 “Thank you for your patience.” (あなたの忍耐強さに感謝します)という言い回しが英語の定型句。そうなの、私は今、とても忍耐強いの。10分後、Kさんから承認のメールが届く。 “Please don’t hesitate to reply to this message if you have any further questions regarding your student verification. We are here to help.” 「私は助けるためにここにいる」と言える仕事ってかっこいいな。ありがとう。広告なしでスムーズになったYouTubeを観る。ウェザーニュースのキャスターと視聴者。「ちなみに沖縄は何番ですか」と問いかけ、視聴者の言葉をアドリブでキャッチする、崩れるようで崩れない言葉。平和。
■トートバッグ ちょうど、キャンバス製のバッグが欲しいと言われていた。会社の拠点間、PCを入れて持ち歩く用。市販のは生地が薄いとか、値段が高いとかで渋っていた。中にポケットが欲しいとも。そこで、ピカード艦長の決め台詞をスタートレックのフォントで刺繍したトートバッグをつくることにした。 “MAKE IT SO!” は、「発進」とか「そうしてくれ」など、ピカード艦長が策を進める時に使う。11号の黒いキャンバス地に製図。スタートレックフォントを印刷、トレースして、白のサテンステッチで塗りつぶした。 エンドロールでよく流れるらしい名言も、内ポケットに刺繍した。
Space: the final frontier. These are the voyages of the starship Enterprise. Its continuing mission: to explore strange new worlds, to seek out new life and new civilizations, to boldly go where no one has gone before. (宇宙、そこは最後のフロンティア。これはUSSエンタープライズが、任務を続行して、新世界を探索し、新しい生命と文明を求めて、人類未踏の地に航海した物語である)
4 バルカンあいさつを練習する スポックをはじめ、バルカン人はあいさつの時、バルカン式あいさつをおこなう。中指と薬指のあいだを開き、てのひらを見せ合い、 “Live long and prosper(長寿と繁栄を)”と言う。作品の外でも、スタートレックの俳優や有名人があいさつや記念撮影でおこなうこともあり、ファンとしては練習しておくべきだと思った。夫はさすが長年のファン、たいへんスムーズにやれる。私は指を開くのに数秒かかるうえに、指先がぷるぷる震える日々が続いた。とはいえ人は成長するのだ。夫へのあいさつをバルカン式でやっていたら、うまくできるようになった。
5 iPhoneを活用する Twitter(現X)の絵文字にしれーっと、バルカンあいさつの手がある。ファンの人がよく使っているようだ。コピーして、iPhoneの辞書に「ばるかん」で出るよう登録し、夫とのLINEで使うよう心がけた。ことあるごとに相手の長寿と繁栄を願うのは気持ちいい。しばらくして、そもそも「すぽっく」と打つと絵文字が出てくることに気がついた。無駄に思えるようなところにエネルギーを使えるなんて、なんて知的な仕事をする会社だろう。ネットサーフィンでSiri情報も得たので、確認しておいた。クルーは、任務で宇宙艦から惑星に上陸する時、転送装置を使う。宇宙船のシステムに向かって “beam me up”「転送してくれ」と言う。 “energizing”は「転送中」。どちらもよく出てくる言葉。
夫が真顔で私に近づいてくるときは、不意打ちのバルカンあいさつの合図だ。私はすぐに、ゆっくりと厳粛に返す。私が何か頼みごとをして、あるいは何かをいっしょに試そうとして、彼がためらう時には、私が「抵抗は無意味よ」とにっこり言う(ボーグが “Resistance is futile.”(抵抗は無意味だ)と無機質に言い放つのに対するオマージュ)。
Marriage: one of the frontiers. This is our voyage. Its continuing mission: to explore strange new worlds, to seek out new life and new relationship, to boldly go where no one has gone before.
そうか、これが精読なのか、と思って、来年はこれを突き詰めたいと思った。何をやってるのかもっとわかりたい。楽しみたい。その申し出を先生は許可しなかった。「もっと先に行きなさい」「何のために読むのか、そういうふうに読むことがどういう力をもつのか、考えるべきだ」。せっかく自分が何してるかわかったのにと、煮え切らない私に、先生は “add adjectives to your formalist close reading”(あなたの形式主義的な精読に形容詞をつけなさい) と言った。形容詞は、たとえば、マルクス主義的、フェミニズム的、クィア理論的、脱構築的、などがあるよ、自分で選んで、と。
第16行の「Did I grow sad for these?(私が悲しくなったのは、ほんとうにこれらのため?)」にある「grow」という動詞は、自動詞として「感情が植物のように育っていくこと」を意味すると同時に、他動詞として「自分のなかに生まれる感情を、自らの手で育てる意志」をも暗示しています。松の木と同じように、語り手もまた、光を追い求めるプロセスの中で闇を蓄積していく存在なのです。
第4連の「Right wronged, and knowledge wasted; / Wise labour spurned for ease; / The sloth and the sin and the failure;(踏みにじられた正しさ。無駄にした知識。楽なほうに流れて、蹴っ飛ばした大事な仕事。あの怠惰と、あの罪と、あの数々の失敗)」は、摩擦音や鼻音、接近音が連なり、まるで長く絡み合う根のように複雑にねじれています。そこへ、物憂げにつまずくような母音 [æ] を持つ「sad(悲しい)」という短い単語が、唐突に響きます。この言葉の最後にある「d」の音は、過去分詞の「d」の響きと重なり合い、積み重なった過去の失敗の重みをそこに繋ぎ止めるかのようです。その一方で、「a fancy / Fluttered my sense around(ちょっとした空想が私の感覚のまわりを、ひらひらと飛びはじめる)」(第5-6行)というフレーズや、詩全体に見られる女性終止(アクセントのない音節で終わる行末)は、軽やかで遊び心のある浮遊感を生み出しています。
第19-20行の「My heart was full of sorrow / For joy it never had(私の心をいっぱいに満たしていたのは、この心が、一度も持ったことのない「喜び」のための悲しみだった)」では、「sorrow(悲しみ)」が「aloft(高く)」や「heart(心)」と響き合う豊かな母音を持っています。一方で「had」という過去形は、「喜びの不在」をあくまで過去のものの中に閉じ込め、その先に広がる未来を閉ざさずに残しています。「fancy(空想)」のなかで、語り手は「dead and buried(死んで、埋められて)」(第7行)いますが、これは過去とともに一度軽やかに死ぬことを意味します。
森において、死は終わりを意味しません。枯れたものは分解されて土に還り、そこからまた新しい命が育ちます。この森という環境において、「full of sorrow(悲しみで満ちている)」という状態は、不毛な終わりではなく、悲しみと喜びの双方を内包した「これからの蕾」として機能しているのです。過去形を使って語られていることは、語り手が今も生き延びていることの証です。語るという行為そのものが、生き続けていることの証明にほかなりません。