Writings

  • 眠りの金継ぎ

    うまく眠ることができない。ふたつめの会社を辞めたあとしばらくして、「会社員」というラベルを失った自分に耐えられなくなったあたりで、眠れなくなった。なかなか寝つけない「入眠困難」、途中で起きてしまう「中途覚醒」、眠りが浅い「熟睡困難」、希望する時間より早く起きてしまう「早期覚醒」、すべてが当てはまる。薬は飲む。飲むが、必要な睡眠時間に対して、早めに起きてしまう。他の薬はもう全部試した。

    23時ごろに部屋の明かりを消して、ベッドに座り、足にブランケットをかけ、丸めた掛布団と壁にもたれるのが好きだ。30分はぼうっと窓を見ている。このあいだに夫は別の部屋で寝入っている。静かで暗い部屋は落ち着く。たまに、そのあととろとろと眠りの世界に行けることがある。体勢も崩れてきていて、掛布団が枕のような感じ。ああいうふうに眠れるのは、本当に幸せなことだ。私は3時間くらいで目を覚ます。夢の国もおしまい。台所に行って、薬を飲み、ベッドに正しく横になる。朝、夫を見送ったり、自分の仕事と勉強をしたりして、きりがついたら昼寝する。20分の日もあるし、2時間の日もある。ぼんやりタイムなしに薬を飲んで眠っても昼寝が必要だ。

    睡眠時間がひとかたまりだったころを思い出せない。今の私の眠りは2、3のかけらに散らばる。まあまあ合う薬があるだけまだましなのだけど、割れてしまった眠りをうまく金継ぎできたらいいのになと思う。

  • 帽子の中に蜂がいる

    have a bee in one’s bonnet
    直訳:帽子の中に蜂がいる
    意味:~のことばかり考えている
     
    大学院の志望校が1つしかない。学費や教育理念を加味した結果、ここまで絞り込んだ、とか言いたい。言いたいぞ。名古屋の大学に英米文学を学べるところがそもそも少なく、大学院は1校しかない。夫と暮らすことは大切だから、他県まで行こうとは思わない。とはいえ岐阜や三重なら通学可能範囲かなと調べたら、ここにもない。三重大学は独自路線を突き進んでおり、忍者や海女さんを研究できる。私が社会学や民俗学専攻なら憧れたかもしれないが、文学専攻だ。愛知は理系の街だと知っていた。メーカーの人事にいたのだ、どんな比率で技術者が入社してくるのか、社内にいるのか知っている。それでも数校は選択肢があると思っていた。甘かった。その1校の、英文学専攻、米文学専攻のゼミ指導教官はおひとりずつなので、相性が合わなければTHE ENDだ。ジエンドオブジエンド。特に米文学の先生は最近着任したばかりだから、直近で退官するわけがない。

    今度、事前にお会いできるイベントはある。あるけど怖い。受験勉強を始めて半年もせずに、こんな理由で挫折するなんて嫌だ。あああ。第2志望はオンラインで学位を取得できる大学院を考えているが、そこはがつがつ勉強する雰囲気じゃないので、私は第1志望の学校に行きたい。こんなに強く思っていても、面接で「なぜこの大学を志望しましたか」と聞かれたとき、鼻息荒く「ここしかなかったからですっ!!!(怒)」なんて言えないのもまた悔しい。もっとポジティブな理由を見つけないといけない。

    東京の選択肢の多さが当たり前と思っていたから、地方に来て、いかに教育学部や外国語学部が強く、文学部がないかを実感できてよかった。きっとこういう県のほうが多い。先生と相性が合いますように。それさえ大丈夫そうならいくらでも、何年でも勉強をがんばる。

  • 水やり

    エッセイを書いたら夫に見せる。彼はもっている褒め言葉の数が片手で収まるので、大抵は「いい」とだけ言う。「その理由は?」と聞くと「ぼくがかっこいいから」と返ってくることがある。自分が粋な返答をしたとか、創造的な行動をやってのけたとか、存在がまぶしいとかの文章に、彼は(たぶん冗談交じりではあるが)「ふう。ぼく、かっこいいじゃん」と感じるらしい。

    彼はSNSをしない。自分からは発信しない。特許情報を除き、インターネット上に彼の直接的な情報はない。かたや私はXを使い、定期的に彼との生活について発信する。彼はそれを嫌だと思っていない。

    更新日の月曜日から水曜日あたりまで、よーく観察していると見つかるものがある。エッセイに書いた「かっこいい」言葉や行動の再現性を彼が高めようとする姿である。「言語的コミュニケーションなしに空気を読んで台所仕事をしてくれた」と書けば、「もう1回やって喜ばせちゃお」みたいな、指摘すれば「てへっ」とか効果音が出てきそうな感じの、だからといって自己主張的なわけでもない、絶妙なぐあいの行動を見せる。かわいいひと。

    ここに書くことで、誰かに読まれることで、かっこよくてかわいい彼はよりかっこよくてかわいくなっていく。ぐんぐん育ってくれたまえ。