ファミチキで測る

夫が風邪を引いた。一度引くとこじらせてしまいやすい人だ。

10月のなかば、金曜日、週末の映画のチケットを買った。そのあと、ふたりとも喉が痛くなった。葛根湯とビタミンを摂り、安静にしておく。映画に行けるかしら、どうかしらと思っていたら、彼の風邪だけ悪化した。私だけ回復するのは悪いことをしているみたいでうしろめたい。

もともと体温が高めの人なので、いつも寒くなるぎりぎりまで夏服を着ている。扇風機も回し続けている。そのせいじゃん。私は秋冬用のルームウェアをクローゼットから引っ張り出してきて彼に着せる。白いトレーナーを頭にぱふっとかぶせた時に、彼は「ぱふっ」と言った。おいおい、余裕だな。例年通りならこれから熱が上がるぞ。

彼は病院に行くと気持ちが悪くなるくらい病院が嫌いなので、布団にくるまって過ごす。我が家では、ウイルスにモテモテの状態を「人気者」と呼ぶ。瞬く間に、どんどん人気者になっていく。はちみつに大根を浸して作ったシロップをお湯に溶かして飲ませる。おいしくなさそうなので私は飲んだことがない。おばあちゃんの知恵袋的によく効くらしく、彼には積極的に勧める。とても微妙な顔をしながら飲みきっていた。人として私より上。

ポカリスエットの大きなペットボトルを買ってきたり、ほうれん草とエビと卵のおじやを作ったりして看病する。熱を測る。高い。声をかけても、頭を縦か横に動かすだけだ。ずっと観たかった映画だったけど、もうどうでもいい。早くよくなるように祈る。連休が明けて、平日が始まってもまだつらそうだった。横になりっぱなしの腰や背中をマッサージする。

私が大学に行く日も、彼は会社を休むことにした。何を食べたいか聞いても返事がない。帰りにハンバーガー屋さんに寄れるけど、何もいらない?と聞く。ようやく「照り焼きチキンバーガー」と返ってきた。食べたいものが出てくるのはいい兆候。でもいつもはハンバーガーふたつとポテトを所望するので、本調子ではない。温かいうちに食べてもらおうと急いで帰って渡したら、はむはむと食べていた。ハンバーガーの白い包み紙に顔が隠れるのは、元気なときだろうがそうでなかろうがかわいい。

次の日、食材の買い出しに行く。買ってきてほしいものを聞いてもリクエストがない。風邪ではないけれど、私も体調が悪くてだるだるしていた。栄養のありそうなものを買って帰った。ベッドに寝ている彼の顔をのぞきこみ、夕食のメニューを伝える。ねえ、ファミチキとか食べたくない?買ってこようか?と聞くと、彼は目をつぶったまま頭を横に振った。そっか、買ってきたんだけど食べないんだね、スパイシーなやつ、と言ったら、目がぱちっと開いて、輝いた。うそですと言ったら、しょんぼりしていた。回復は近い。

熱が下がり、食欲も戻って来たころ。頭はどう?と聞いたら、彼は「いい」と言った。そうだね、きみはいつも頭いいよね。胸が苦しかったりしない?痛みがあるなら病院に行かないといけないんじゃないかなとたずねたら、両手で胸を押さえて「きゅん」と言った。おかえり。