夫が風邪をひいた。治りかけで会社に行ったら調子を崩すことの繰り返しで、ぽつぽつと会社を休んだ。薬を飲んでよく寝ていた。元気がない。
数日して、「何食べたい?」と尋ねた。「からあげ」と返ってきた。「病人にしては食欲ありますね」と言ったら、目をそらして笑っていた。いいことですよ。特別に、お好みのものばかり食卓に出した。
ある日、彼は私が勉強しているところにたたたっとやって来て、膝をつき、私に抱きついた。膝のブランケットに顔をうずめる。猫の「ごめん寝」みたいな体勢。顔が上がる。目に光が戻っている。
彼はそのまま、食べたいものの話をしていたと思う。私は黙って光にみとれていて、聞いてなかった。この光がいかに大切か、どうすれば守れるか考えていた。時間は過ぎ去るというシェイクスピアのソネットが頭に流れて、いつかこの眼も、そこに映るものとしての私も消えるんだと思った。大切にしてもなくなってしまう。悲観しても楽観しても、消える未来はなくならない。
少し遠くまで出かけすぎたと気がついて、彼のくせ毛の髪を両手でわしゃわしゃとかき乱した。
今日 君が笑う それだけで春だ
メレンゲ「春に君を思う」
ありがとう ありえないよな
未来になって今日が 幻になるまで
笑われるくらいに 笑ってて欲しい