大阪は、出発地よりも肌寒かった。風が強くてつらい。屋内も絶妙な涼しさ。喉が痛い気がする。しくじった、と思っていたら、夫がリュックからカーディガンを取り出して私に着せた。
夫と平日に休みを取り、ナショナルシアターライブを観に来た。イギリスの舞台を映画館で観られる。日本で海外の演劇を楽しむ人が多くないからか、上映期間は1週間だけ。家の近くでの上演予定はない。『真面目が肝心』はどうしても観たい作品だったので遠出することにした。
ふたりとも、原作を日本語で予習した。私は「めっっちゃくちゃうまい。シェイクスピアより好き!」と興奮し、当日をそれはもう楽しみにしていた。夫は部分的に消化不良で、参考書の苦手な公式を理解しきれずに本番に臨んだ受験生みたいな顔をしていた。念のため、ノートに人物相関図を書いて説明しておいた。
大阪駅。万博直前の活気。新発売のポテチの試供品をもらうために並んでいる人たちの列。エレベーターの降りる階をまちがえてから、気になっていたジュエリーショップに辿り着く。試着試着試着。ホワイトゴールドのを買おうとしたら、店員さんにプラチナもあると言われる。オンラインショップには書いてなかった情報。でもなー、値段が少し上がるよな。んー・・・・・・。何を買っていいかわからないからひとりでは来ないのに、ふたりで来るとジュエリーショップに慣れた雰囲気を出して「これはいい」「微妙」などと批評をさくさく披露する夫が、「プラチナで。めっきははげます。だめです」と言って買ってくれた。
早めに映画館に行く。夕方、西日が差し込むロビー。塩味のポップコーンのSサイズを買って隅に座る。私が「食べてもいいよ」と言うのは、「少しなら食べていいよ」の意味で、暗につつましさを要求するものだ。彼はそれをじゅうぶんにわかったうえで、がつがつと食べ始めた。おいしいからと1粒ずつゆっくり食べる私の隣で、3つ4つまとめてつかんで口に入れていく。彼はひとりでは買わないし、食べない。私が買うとき、「え?買うの?」とあきれた口調で言う。そして私といっしょにすました顔で食べる。
初めてふたりとも予習した観劇は、予想以上におもしろかった。昔の文字情報が、現代、新しい解釈で演出されること。作者のオスカー・ワイルドは、性的志向を理由に投獄された。こんなにカラフルな演出を見て、なんて言うだろう。キラキラしていて、明るくて、ユーモラスなコメディだった。ひとりでは観に行かないが、私のプレゼン次第でなんとかついてきてくれる夫は、今までのナショナルシアターライブの中ではいちばんわけがわかって、おもしろかったらしく、照れくさそうに笑っていた。
20時過ぎに終わったので、夕食は軽く飲むくらいにすることにした。ひとりでは行かないけれど私といっしょならなんとか行けるような店に行き、カウンターでちびちびやる。彼の、緊張するけど勇気を出してくれることが嬉しくて、にこにこしてしまう。
平日に休みを取ってくれたこと。プラチナを買ってくれたこと。カーディガンを持ってきてくれたこと、取り出して着せてくれたこと。お芝居につきあってくれたこと。いっしょに食事してくれたこと。そばにいてくれたこと。当たり前じゃないことが詰まっていた日。
