英語で初めてフィクションを書いた。乗っていた海賊船が難破して、無人島に辿り着いたピーターが、仲間のトッドを見つける話。
8月末からクリエイティブライティング(創作)のオンラインレッスンを受けている。先生はイギリス人の女性で、出版経験のある作家、ジャーナリスト、クリエイティブライティングの講師。オランダで法律とジャーナリズムの学士号を取り、南アフリカでジャーナリストとして活躍したあと、クリエイティブライティングの修士号を取り、現在はジャーナリストから英語教師に転向しようとしている途中の方。
オンラインの先生探しは難しい。プロフィールに「あなたに合ったカリキュラムを作ります」と書いてあっても実際は違ったり、事前のメッセージを全然確認しなかったり、遅刻ばかりだったり、Wi-Fi環境が不安定でフリーズしがちだったり。適当に話していればレッスン時間が過ぎてお金が入ると思ってるように見える、気の抜けた人もいる。過去には私が「年齢にしては若く見えすぎる」「絶対大学卒業してない18才でしょう」と爆笑されたりもした。
私は、高校を出たあとの学びは、自分が自分の目標に対して学びのプロセスをデザインする、そのためにある部分を先生に協力してもらうという姿勢が必要だと思っている。オンラインの先生探しはそれが特に重要な気がする。「きっとこちらのことを思って丁寧に教えてくれるだろう」と受け身で期待していると、ただ時間とお金とエネルギーを使うだけで何も残らない。
8月、期待せずに探した。プロフィールを見ただけで、この人はよさそう、この人は違う、なんてジャッジしていくのはおこがましいことだけど続けた。私が探すのを諦めれば、傷ついた気持ちに対して「それでも」と言わなければ、新しい先生には出会えない。
勝手に書類選考して、どなたのトライアルを受けようかなと悩む。そうしていると、ある先生2人からメッセージが届いた。彼らのプロフィールページにアクセスして、私が何かのアンケートに答えたことで、私が興味を持っていることを知ったらしい。一方のメールは事務的だった。もう一方は、プロフィールでも感じていた、「この方、自分の言葉を話す人みたい」という印象を強めた。
メッセージを返した。こういう計画を持っていて、○○の部分を助けてくれる先生を探している。私のバックグラウンドは××で、語学力はこれくらい、など。この「計画」が試金石だ。他の人は出さないものだと思う。それに対して、事務的に軽く返すか、自分の言葉で返すか。
彼女は「少し待っててください」と送ってきた。そしてそのあと、私のメッセージへの感想、背景への共感、「とてもおもしろそうな計画」「ぜひ手伝いたい。やり方はいろいろあると思うから、話して試行錯誤してみましょう」といった長文が届いた。
トライアルの時間は日本時間の14時からにした。イギリスは朝6時だ。早すぎない? でも彼女が枠を開けてるんだし。そう思いながら会ってみた。ミーティングルームに入る前に、冷たい水をたくさん飲んだ。
「南アフリカの刑務所を取材してたとき、朝6時にキックボクシングやってたのよ。だから5時起きの習慣になってる」と言った。ジャーナリズムの限界と、クリエイティブライティングの講師への転身の理由、今後のキャリアプランを教えてくれた。「私は困難を抱えている人々の話を聴いて、それをまとめて、お金をもらう。でもそれでその人たちにお金が入るわけじゃない。私はその人たちが、自分の物語を自分で表現できるような仕事をしたいの」
自然と安心できる空気を作れて、かつ深い話を交換できる人との出会いは宝物だ。
日本ではあまりクリエイティブライティングの教育がされていない。幼少期から受けている国の人たちがうらやましい。だからまずはキッズ用の教材でやってみようということになった。画面に、海賊の帽子をかぶった男の子が肩に緑のオウムを乗せ、「じゃーん」とでも言いたげに立っている絵が現れた。周りには海、砂浜、木々。その場で名前をつけた。どういう性格か、なぜここにいるのか、どんどんでっちあげた。「そのあとは?」と聞かれて、えっと、そうですね、死にますと言ったら、「話が終わるのでだめ」と笑いながら叱られた。先生の英語は聞き取れるし、私も話せる。失敗しても大丈夫。えっちらおっちら漕いでいく。
「というわけで、今日作った話を書いてきてね」と言って、トドロフのプロットの理論(Todorov’s narrative theory of equilibrium)を教わった。まず平和な状態があり、崩壊が起き、その崩壊を認識したうえで、修復し、新しい平和な状態に至る。授業は録画されていて、ダウンロードして繰り返し観ることができる。作品を書いて、次の授業の3日前までに先生に提出する。てっきりレッスン内でフィードバックを受けるのかと思ったら、「授業5分前までには返す」と言っていた。それはあなたの時間を奪うことにならない?と聞いたら、「私はこういうやり方が好き。だから気にしないで」と言った。
書き始めてすぐ、創作していくと、小説を深く読めるようになる気がした。1作目なんだけど、まだ3センテンスしか書いてなかったけど思った。
理論に従ってプロットを組み、細かいところを詰めていく。英語以前に、「なぜ男の子が海賊に憧れるのか」「海賊とは何か」「生き残らせるために妥当な漂流日数と必要なものは何か」「海賊船を新しく作るにはどれくらいの時間がかかるのか」「ピーターのペットのオウムを使わなきゃいけないけどどうやって」などに悩み、調べながら書いた。キッズ用の、プロットを学ぶ課題にどこまでリアリティが求められるのかわからないけれど、納得しないと書けなかった。マンガの『ワンピース』を読んでおけばよかったと思った。荒々しい波を切って走る大きな海賊船とは対照的に、私の小さな舟はたいへんにのんびり進んだ。
ある日の夕方、クライマックスを書き始めたら止まらなくなった。買い物に行く予定だったのに、それどころじゃない。物語がそこに来ているので応対しないといけない。夫にLINEしたらパエリアのデリバリーを頼んでくれた。大きな海鮮パエリアを見て、「海賊がどんちゃん騒ぎするときってどんな感じだろう」と思った。私はできたてほやほやのピーターとトッドの話をして、夫はリアリティについて突っ込んだ。ベイビーライターには優しくしてくれと、命乞いした。
ノートに書いた草稿をパソコンに打ち込んで、プリントアウトし、文法や文章の飛躍を中心に何度も推敲したあと、書き始めてすぐの直感が確信に変わった。精一杯書いたから、自分の限界がとてもわかる。もっと書けそうだし、読めそうだ。
私の英語のフィクションの最初の読者は絶対彼がいい。原稿をメールで送ると、しばらくして私の部屋に来て感想を教えてくれた。日本語訳も渡しておいたけど、「英語のほうがいい」と言っていた。そうなの、英語のほうがいいよね。なんか英語だと書けるものがあるんだよ。キャラクターの名前のバリエーションがないと相談したら、「全部スタートレックから取ればよろしい」とのことだった。なので、次の主人公はピカード。ということは、フランス生まれの、ホットアールグレイティーが好きな人になる。えー。
ピーターを見つけたとき、トッドは「夢じゃない」と言った。私も先生との出会いに「夢じゃない。やっと見つけた」と言いたい。いい関係を築きたい。明日の授業を楽しみにしている。
