ババアの予言

自己紹介ばかりしている。

何か新しいものを手に入れるには、古いものを捨てて、新しいものが入る場所を作らなければならない。そう実感した夏だった。7月28日、会うたびに私に大きな主語の不平不満を言い、メールでもすぐに話題を自身のものに変えてしまう人との関係を切った。私がゴミ箱として扱われているようで、ずっと苦しかった。それを打ち明けて、謝ってくれたこともあったけれども、人は基本的に変わらない。繰り返す。「苦しみながら、泣く泣く逃げる」ことは何度もあったけど、平常心で「自分を大切にするために、嫌な人間関係を切る」のは初めてだったから、決めるまでにうだうだした。とはいえ特別にやることはない。相手のメールアドレスを迷惑メール扱いにするボタンを押すだけ。頭痛がした。つながっていたようでいて、もとからつながっていなかったのかもしれない。

7月最後の日、編み物教室に行って、先生のババアと話す。高齢の女性をババアと呼ぶのは、私の執筆ポリシーには反するし、基本的にはいつも「先生」「おばあさん」と呼んでいるけれども、本人は自分を「ババア」と呼んでおり、高齢の生徒や近所の人々のことも「ババア」と呼ぶくらい口汚いので、今日だけは「ババア」を使ってみる。ババアは口汚いがまっすぐな人で、曲がったことを嫌い、他人に迷惑をかける人を教室やイベントからすみやかに出禁にする。話しているとすかっとして気持ちいい。愚痴ばかりの人を切ったと話したら、「ああ!それはいい!」と笑った。照明のオレンジ色の光が、上がった頬のチークを照らす。「これからいいことが起こるよ。きっと起こる」

私は6月に大学院進学を断念してほうけていた。落ち込みと前に進みたい気持ちが、猫が遊んだ毛糸玉のようにぐちゃぐちゃに絡まっていた。それが突然ほどけた。8月1日の土曜日から急にいそがしくなった。私立だからと全然視野に入れてなかった大学の研修生制度を偶然知る。学部を既卒であれば、指導教官の承認がもらえれば、文学研究の指導を受けられる。いや、それでもさ、指導教官にいい人がいないんでしょう、と期待せずに調べると、たいへんおもしろい先生がいた。将来英文学を学ぶ場は消滅するので、今のうちに学んだほうがいいと、大学のオフィシャルページで話している。直球だ。ユーモラスな感じとともに、かなり頭が切れそうな印象を受けた。大学の先生のイメージがいい意味で壊れ、直感的にこの先生に学びたいと思った。ただ日程が問題だった。週が明けて3日後には大学がお盆休みに入り、それが明ければ出願期間だ。出願期間までに、教務課から出願書類をもらい、先生にアポを取り、面談し、承認の可否を受けなければならない。ババアは幸運をもたらすのだろうか、教務の人はすぐに資料を送ってくれた。私が連絡した日、先生はイギリスにいた。週明けに2週間くらい日本に滞在したあと、9月中旬まで別の国にいるとのことで、お盆に面談を設定してくれた。メールで、面談で、英語を使ってたくさんやりとりした。「私はあなたを受け入れます」と言って、書類にサインを書いてくれた。

1週間後、彼から「紺、9月末のこの読書会に一緒に行きましょう」と連絡が来る。私はまだ出願すらしていなかったので驚いた。もう私を研修生扱いしてくれている。私はこの先生に会いにいくのだけでも勇気が必要だったので、すぐに別の先生方のところに行く余裕がないと返した。それからしばらく個人的な話を交換したけれど、私は「まだ出願してないんだが……」と思っていた。

出願したあとは、クリエイティブライティングの先生を探した。オンラインと通学型の外国語学校、どちらも調べた。自己紹介と求めているものを伝える。これはいつまで続くのかしらん、と思うまでもなく、早々にいい人が見つかった。大学院進学を考えるにあたって、何が大切で、何をやりたくて、何が嫌で、というのに散々向き合ったおかげなのか、ババアのおかげなのか、英文学の先生に出会ったときのように、「この人だ」と感じた。会うと、緊張よりもほっとする。授業の進め方についてはだいぶ長くやりとりする必要があった。おたがいに混乱して、連絡が止まった日もあった。ある日、夜中の3時に起きて、彼女がオンラインなのを確認して、思い切って口火を切った。いつもはタイムラグのあるチャットが、すばやく動く。些細なすれ違いゆえの混乱がほどけて、安心した。

大学の先生との面談で、精読の授業に物足りなさを感じたので、補ってくれるような場所を探した。ババアのおかげなのか、存在していることが信じられない、すばらしいオンラインのゼミを見つけた。

3つの基軸に、自分で作ってきたリーディングリストと、語学と心身の体力づくりを組み合わせると、理想の学習環境ができた。これからどういうところを目指して、何を学んでいきたいか、あらためて文章にしたくなった。私はあまり自己開示をしてこなかったので、どんな人だろうと思われているかもなとは思っていた。そこにさらに独自カリキュラムで学んでいきますと言うのは、不思議さを深める。「ふたりでごはんを」の文章を好きと言われることがあるけれど、今の自分からすると綺麗にまとまりすぎている気がして、もっと自分の心をえぐるようなものを書きたいとも思っていた。書き始めると速かった。

合格通知をもらって、入学した。イギリスの詩を学んでいる。授業ではグループワークが多い。毎週、グループメンバーは変わる。すでに人間関係ができている人たちの中に入るので、毎度自己紹介から始める。正規の学生と先生のあいだくらいの年齢で、ふるまいに迷うこともあったけれど、あまり考えすぎず、めいいっぱい学ぶことだけに集中している。ずっと寝ている人の横に座ることも、私が教えたことに対してキラキラの目で「ありがとうございます!」と言われることも、グループメンバーAさんが「私、勉強しない人嫌いなんで」と言って、予習してきていないメンバーBさんと授業中一切話をしない姿にひやひやすることも、今の私の日常だ。

ババアに報告に行ったら、「今日は顔色が違うね」と言われた。「先生のおかげです」と言ったら、「違う、その糸を選んで編んだのはあなた」と返ってきた。その日のババアの言葉遣いは綺麗だった。

挨拶と自己紹介の先では、何が起こるかわからない。いいことが起こるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも私はしばらく、自分から先に働きかけてみようと思っている。新しい人に出会うことも、新しい詩に出会うことも、できるだけ自分から。