昔、実名のウェブサイトでエッセイを書いていた。それはほとんど今のウェブサイトに移行してある。ふと調べたら、ヴァージニア・ウルフの翻訳が2018年で、いやはや、8年も経ったのかと思う。
私はエッセイを書く習慣を固定したくて、読んでくれる人を見つけたくて、ペンネームでTwitterを始めた。Twitterバブルがはじけたころだったので、誰からのフォローもアクセスもない時期が長く続いた。ぽつぽつと、フォローしてくださる人や、ウェブサイトをクリックしてエッセイを読むまでしてくださる人が現れて、本当にありがとうございますと思った。1という数字の価値は、昔も今も変わらない。ずっと、ありがたいと思っている。
私はたまにもらうコメントで、「近寄りがたい」とか「遠い人」とか言われるのだけど、ただそう見えるだけだよ。寝坊したり、栄養バランスのとれた食事を作るのが億劫だったり、つまずいたり、今日は無理だと諦めたりする人間ですよ。夫とけんかもするし。部屋は自分が落ち着くように、集中できるように投資してある。本もよく買う。でもそれだけといえばそれだけ。外食や、服や、旅行などにお金を滅多に使わない。自分の世界の、切り取れる部分だけ、見せているだけ。夢中になれることを、発信しているだけ。
しばらくしてTwitterが買収されて、アルゴリズムが少しずつ変わって、ついには外部リンクのついた投稿はフォロワーさんに表示されにくいというところまで来た。アルゴリズムに合わせて調整するタイプではないけれど、こちらが害を被る場合は策を考えなければならない。私はクリックされるタイトルを書くためにも、お役立ち情報を書くためにも生きていないので、検索流入の最適化はしていない。たとえば「よ」という作品があるが、これは「よ」というタイトルではなくてはならない。検索流入を考えたらもっと文字数があったほうがよい。だけど私には「よ」じゃなくちゃだめなのだ。
新しい技術にはとりあえず乗っかってみてから自分の意見をもつ。Xの記事投稿機能はすごい。ウェブサイトに載せてあるエッセイと同じなのに、いつもと違う読者の人たちにかなり広く届く。3回実験して同じだったので、たとえばウェブサイトからXに軸足を移し、記事投稿ばかりにすればもっと読まれるのだろう。でもそれは私のしたいことじゃないなと、確認できた。いかんせん、すごいスピードで、新しい人たちに届きすぎる。その力自体は否定しない。ただ、そのスピードが落ちるのもすさまじく速い。X内に滞在してもらうためのアルゴリズムブーストの恩恵を受けたとて、その作品はプラットフォーマーにとってただのいちコンテンツでしかない。
変わっていく世界で、基盤を持つこと。変わるにしても自分のやり方やペースで変えられること。エッセイの半分は、読まれることによって成り立つけれど、もう半分の書き手の側は、できるだけ主導権をもっていたい。
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