ぽよんぽよん系の桃

鶴舞公園の桜が見ごろで、花見客であふれていると聞く。夫と、静かなところがいいねと話す。検索して出てきた、隠れた桜スポットに行くことにした。

鶴舞公園の桜は、週末に合わせて満開になる才能があるのか。たいして離れていないのに、隠れスポットの桜はマイペースで、半分くらい、花びらがつぼみに隠れていた。「これくらいがいいんですよ」と夫が言う。「満開までいくと、花びらが傷ついていることが多いからね」

彼は学生時代、カメラのキタムラでバイトしていた。自分で撮った写真は、社割で現像する。カメラを買うときも社割。彼の知り合いが、カメラを買いたいと彼に相談したときのこと。彼はバイト先の店を紹介した。知り合いはいいカメラを買って、それなりのポイントを手に入れた。頻繁にキタムラに来るわけじゃない。つまりポイントを持ってても仕方ない。ということで、それなりのポイントをまるっとプレゼントしてくれたそうだ。彼はそのそれなりのポイントで、それなりのカメラグッズを手に入れた。時給がいいから塾講師、家から近いからカフェ、でバイトしていた私とは大違いだ。

「太陽の方向から、こういう角度で撮るといいよ」などと教えてくれる。私は、カメラのシャッターをゆっくり押しているとモニターでピントがシャッと合う瞬間が好き。だから軽率に撮る。その横で、彼は桜をじっくり見ている。それからたまに撮る。きみはどうしてバチバチ撮らないのと聞いたら、桜から目を離さないまま、「まず目で撮るんだよ」と言った。自分で考えて選んで積み重ねたものを持ち続けていて、今、私に渡してくれている。かっこいい。細身の後ろ姿を撮った。かっこいい。彼が肩から下げているショルダーバッグには、リラックマとコリラックマのキーホルダーがついているが。コリラックマの鼻は擦れて消えているが。

お昼前、公園にブルーシートが増えていく。音楽、食べ物、お酒、小さなテント、アイスボックス。大人が遊んでいる。子どもが遊んでいる。大人は座って、桜を見上げて遊ぶ。子どもは跳んだり走ったりで地面のほうに目を向けたり、友達と目を合わせたりして遊ぶ。

遠くで、幼い子どもたちが大縄跳びをしていた。キャッキャッ!キャー!ハハハッ!大縄跳びといえば、小学校のグラウンドで、太くて白い鞭のようなもののリズムの中に、「早く行けよ」「引っかかんなよ」というプレッシャーを抱えて決死の覚悟で飛び込み、無事に跳んで、抜けて、ほっと一息、となったら次の番が来てしまう、なんならみんながノッてきてスピードが上がっていくという地獄でしかなかった。桜の下のピンクの大縄跳びは、ずっと見ていられるやわらかさだった。

ピンクの花を見ていると、ピンク色のものが目に入る。遊歩道の先に、シルバーピンクのランドセルを背負った子がいた。おめかしをして、両親に写真を撮られている。妹らしき子が、道の脇の段差によじ登り、身長を姉と合わせようとしている。姉が少ししゃがむ。ランドセルの端が歩道につきそうになる。

ベンチの近くの芝生に、ぽよんぽよんするタイプの薄いピンクのボールを抱えた女の子がいる。大人が大きなバランスボールに抱きつくように、小さなボールの上に抱きつき、ゆっくりと横転する。横転を繰り返す。母親が女の子をボールから離す。女の子はボールに抱きつく姿勢のままで抱きかかえられ、連れていかれる。

人が少ない芝生で、ぽよんぽよんするタイプの濃いピンクのボールを抱えた男の子がいる。父親が抱っこしているピンクの服の子は妹か。まだいっしょに遊べない。男の子はボールを高く投げて、妹に見せる。高く投げて、妹に見せる。変なところに飛んでしまって走って取りに行く。また高く投げる。ほら、こうやって投げるんだ。

大きな白い犬を連れた人を見て、猫派の夫が、「犬が人間を散歩させている」と言った。大縄跳びも、バイトも、全部、しんどかったなあと思った。いつも切羽詰まっていた。自分で考えて選んだように見えても、選べてなかった。夫が現れて、デスクランプを調整するように、太陽を向けてくれた。

猫はなんで散歩しないのと聞いた。彼は「猫は累積睡眠時間が人生のKPIなんだよ」と言った。犬のKPIってなにと聞いたら、彼は道を逸れ、桜を見つめ始めた。