インテレクチュアライズ

intellectualise
動詞
~を知的にする
~を知的に処理する、知的に話す、思索する

最近の興味はもっぱら「圧縮」である。

3月、指導教官の書いた論文が出版された。先生の研究者としての実績のほとんどは、国際的な出版社から出ている。私は学者じゃないけれど、たぶんすごい人なんだろうと思っていた。新作を読んで痛感した、だいぶすごい人だ。

私は今期、彼の英詩の授業を受け、そこで取り上げられた詩人の中からテーマを決めて論文を書いている。彼が論文で取り上げたのも同じ詩人だった。そして論の方向性も似ていた。数年かけてその詩人を授業で扱ってきて、並行して論文を書いていた。その出版を控えた年度に、たまたま私が入学を希望して、たまたま彼のもとで研究生として学ぶようになり、たまたまその詩人を選んだ。先生の授業を聞いているわけだから、論点が似るのは当たり前でしょうと思われるかもしれないが、彼はいろいろな情報を評価せずに等しい粒度で提供していて、そこから選んだのは私だ。なのでたまたま言いたいことの根っこに重なりがあった。

秋に先生から出されたお題が私にとっては難しく、これまでに3回出した。3回ともまるっきり別の論文だ。4月中旬、3回目のバージョンにフィードバックがあった。私は論文にABCという3つの要素を含めていた。私はCだけを選んで4回目を書くことにした。ああなるほど、ようやくおっしゃる意味がつかめたような気がしますよ、書き直しますね、あー、あの本が必要、という思考を経て、図書館に行ったところ、先生の新作を見つけた。図書館の棚の間で読んだ。先生はABCのうちのBの部分を、もっと精密に処理して、もっと深く考えて、いらないものを徹底的に削って本題を研ぎ、かつ私とは別の文脈で書いていた。

たぶんいわゆる世間的なイメージの「教授」と「学生」のロールで事務的にやりとりしたのは、去年の夏の最初のメールだけだ。この関係では・・・コードを・・・変えられ・・・ます・・・ね?みたいな了解があった。わざとか、素なのか、英語のメールがどんどん難解になっていく。難しい言葉を使った長文ではない。先生が専門にしている英詩のように、短く、しかし多層的な読みができるメールが届く。そのまま読むと文学の話なのだが、これまでのやりとりの文脈(授業、および個人的な話)、対面での話(記録が残らない)とメール(記録が残る)での間接性の違い、英語のトーンなどを踏まえると、別の読みができる。この多層性があるうえに、私が質問したことに対してまったく触れられないということもある。これは経験上、触れられていないということをきちんと読み取れという、すさまじくエネルギッシュな不在だ。

全力でメールを読み解き、返信を書く。誤解が怖いので言葉を慎重に扱う。長くなる。推敲しても削れないのでそのまま送る。そうすると、しばらくして多層性と不在を含んだ短いメールが郵便のようにふわっと届く。いつも、本当によくこんなに情報を圧縮できますね、それもこんなに美しく、と思う。

このベースがあっての春、新作だ。先生の圧縮をずっと見てきた。論文には彼の哲学や授業のエッセンス、キーワードが入っていた。私は先生の授業がいかに入念に設計されているか、都度微調整をかけられているかもわかる。いつ、どういうルートで日本に来て、何年教えていて、いつからこの詩人の授業をしているかは公開情報だ。詩人の作品も、バックグラウンドも、研究の潮流も、主要論文も、先生には到底及ばないが読んだ。個人的な話も交わした。そういうのがすべて詰まった論文、薄い本の1チャプターを読んだのは初めてだった。自身の知識、経験、存在をこのレベルで知的処理している人に会ったことがない。いつものメールよりも当たり前に専門的で、射程が広く、精密だった。いつものメールのように深く、多層的で、倫理的で、美しかった。

1月の個別指導の時間、私は既存の研究潮流に単純化しすぎな傾向があるんじゃないかとぷりぷり怒っていた。ある単語を聞いて、先生は吹き出した。今思えば、もうその頃には脱稿していたんだろう。まだ話していない論文のキーワードが、突然研究生の口から、子どもっぽい感情吐露レベルで出てきたのだ。私のその怒りのロジック自体に、先生は何も言わなかった。言葉を選び、なだめるように、「まずはブロック引用を減らそうか」と言った。

新しい論文を見つけて読みましたよ、と、図書館の帰り道でメールした。もっと早くに読めていたらと思いました、というのは、裏を返せば荒ぶる子どもの私アゲインである。先生はそれを正しく読み取り、「思考の流れを邪魔したくなかったので」と書いてきた。「興味深いと思ってくれてうれしい」とも書いてあった。軽く、抑制された、気取らない雰囲気で。あの論文のどこが “interesting” 1語で済むのか、どうしてそうやって済ませようとするのか、国際編著だよ、すごいよ、てかいつもすごいよ、少しは祝わせてくれと思いながら、圧縮した短いメールを送った。