グリーンランドの海岸で座礁したとして

食後に息苦しくなったので、救急車を呼んだ。震えや痙攣が止まらない。動脈血も静脈血も点滴も、血管がうまく見つからず、何度もぶすぶす刺される。医師が「無理じゃね?」「浮いてこない」と言い合うのが聞こえる。血管の位置とか太さくらい、人並みだったらよかったのにと思う。検査を受けた。処置を受けた。家に戻り、窓を開け、ベッドに倒れ込む。

向かいの家の小学生の女の子が、友達とボールを突いて遊んでいる。頭に響くのでやめてほしい。

ひとりが、「あ、そうだ」と言った。紙の音がしたので、たぶん手紙を取り出した。ゆっくり、「りさちゃん、いつもありがとう。だいすきだよ。これからもなかよくしてね」と読み上げた。いきなりウェット。今?

「りさちゃん」は「ありがと」と乾いた声で言った。そのあと、「ねえ、学校のプールっていつから?」と言った。それはまるで、「え、マーケ会議って2時からだよね?」みたいな、大人びた口ぶりだった。

この前読んだ、イギリスの初等教育の本を思い出した。イギリスの人々は、幼いころからたくさん書く。事実もお話も書く。

地理の授業では「砂漠」や「ベドウィン族」等の生活様式を詳しく扱った。興味深いのは、理解を確かめるために話を書かせることだった。北極地域のことを学んだ後「グリーンランドの海岸でたった一人で座礁したと想定し、どのようにしのいだかを書きなさい」という問題が出た。

山本麻子『書く力が身につくイギリスの教育』 p.63

これは著者の息子が10歳くらいのときの話だ。グリーンランド。グリーンランド。ひとりで、座礁したとして、と思いながら、だるさに沈む。緩んだ体の隅々に、眠気が染み込む。力の入らない手足が溶ける。

目覚めたら18時を過ぎていた。カーテンの隙間から見えた景色はまだ明るかった。ボールの音はしない。机の上に、本や文房具が広がっている。お昼過ぎに放り出した場所。椅子が少しベッドの方向を向いていた。

座礁したら泣けばいい。潮にして水深の不足を満たす。自然と浮揚する。今日は夜風が涼しい。