下界

23時。夫の部屋の扉から、オレンジの灯りが漏れている。
私「(まだ起きてるんだな。ゲームやってんのかな)」

23時半。直感が働く。静かすぎる。
私「(起きてないな)」
部屋を開けると、ベッドの上で膝を抱えてすぴーっと寝ている夫がいた。
私「あー。もう。起きなよ。お風呂入んなきゃ」
夫「いま、いいところなの」
カーテンを揺らす風が涼しい。雨上がりの匂い。そうね。いいところね。
私「そろそろ日が変わるよ。お風呂!」
まあそのうち起きるだろうと、彼の部屋を出る。

0時。彼はまだ起きてない。
私「ねえ、起きて。お風呂入って。先に入ってくれないと私が入れないじゃん」
本当は先に入れる。でも彼を置いて寝てしまうのが嫌で、「きみのせいで私の睡眠が奪われる」という論理で脅す。彼はやさしいので、これでたいてい起きる。
夫「はいる。はいるよ」
私「起きて」
夫「おきてる」
私「どう見ても寝てる。起きて。私お風呂入れないじゃん、寝れないじゃん」
段階的に声をかけ、徐々に覚醒していくよう仕向ける。彼の部屋を出る。

0時半。彼はまだ寝ている。
私「ねえ、起きるよ。日付変わったよ。ねえーー!」
彼はすのこの低いベッドフレームに、マットレスを敷いている。
私はその上に乗り、膝で立ち、彼の肩をゆさぶり、脇腹をくすぐり、ほっぺに指を突きさす。
こちらが豪快に挑むと、豪快に抵抗されるのは知っている。
しばらく豪快に攻撃したあと、ベッドを降りて、床に正座する。
私「・・・・・・そろそろさ、起きたほうがいいと思うよ」
豪快な攻撃のあとにしんみり黙ると、もぞもぞ動き出すのが彼だ。
私は声のトーンを抑えているだけで、彼の変わりように静かに笑っているのだが。
立ち上がり、彼の頭を撫で、「ほら、時間だよ」と言って退室する。

1時。いつまで寝てんの。
私「起きて。お風呂。ねえ。私お風呂入れないじゃん、寝れないじゃん」
夫「・・・・・・」
私「(話聞いてんのかな)私お風呂入っちゃったよ」
夫「ん?」
私「(話聞いてんじゃん)起きろ」
夫「うーん」
私「起きる気ある?」
夫「まあね」
私「落とすぞ」
彼の腰のあたりを持ち、体を斜めに動かしていく。足先が少しずつベッドからはみ出す。
夫「きゃー」
私は彼の両ふくらはぎをつかみ、下に引きずり落とし始める。彼は「きゃー」「ひどーい」「えーん」と言って抵抗する。そのあいだにも、彼は少しずつずり落ちていく。ずり落とすのが楽しくて、もう少し遊んでいたくなり、彼の胴体を上に引き上げて戻し、またずり落とし、を繰り返して楽しむ。おたがいがこの深夜のばからしさに笑ってしまったあたりで、仕上げだ。彼をベッドからずり落としきった。両手を上げ、上半身をベッドに伸ばし、腹を出し、下半身が床に着地した状態で、彼は「げかい」と言った。きみは神なのか?

彼は風呂に入り、水を飲み、私におやすみを言いに来た。お風呂から上がった、ひげのないちゅるちゅるほっぺは、確かにこの世のものとは思えない尊さだ。指でぷにぷに触っていると、頭の中でスピッツが流れる。

「何かを探して何処かへ行こう」とか
そんなどうでもいい歌ではなく
君の耳たぶに触れた感動だけを歌い続ける

なぜ「耳たぶ」なのか理解できずにいたけれど、「ほっぺ」に置換すればすっかり私の歌だった。天啓。「いまごろきづいたのか」と言い捨て、神は天界に戻った。