我が家は抱きしめ合うことを「ぎゅう」と呼ぶ。ハグなんて言わない。そんな洒落っ気のある夫婦ではない。
ぎゅうが発生するのは、立っているときと寝転んでいるときだ。立っているときはおたがいの体に手をまわし、ぎゅっとするのでわかりやすい。私は製造業の品質評価部さながら、直立時のぎゅうのあと、夫に「よしっ」と言う。よくできました、合格の品質です。今日もお仕事がんばりましょう or おつかれさまでした。解散。
寝転がっているときのぎゅうには2種類ある。真摯なぎゅうと怠惰なぎゅうだ。まず夫がベッドに大の字に寝転がる。私が腕に乗る。夫は私が乗っているほうの腕だけ動かして私を抱き寄せる。このぎゅうは怠惰なぎゅうだ。彼は3分もすれば腕の力を抜き、寝てしまうからだ。気持ちのよいベッド、エアコンの涼しい風、横にはかわいい人、ああしあわせ、すぴー。
私は真摯なぎゅうを要求する。真摯なぎゅうとは、背中が完全にベッドにくっついていた状態から体を起こし、体の側面だけベッドに接し、私に向き合って両腕をまわし、しっかりとぎゅうをすることだ。この姿勢は気を抜くと崩れるため、緊張感がある。つまり寝てしまいにくい。私に集中できる。
私は怠惰なぎゅうを正式なぎゅうと認定しない。私というすばらしい存在とぎゅうしようっていうのに、真摯じゃなくてどうする、いったいなんのつもりなのか。早くすぴーっと寝てしまいたい場合、怠惰なぎゅうでぐずぐずしているのは得策ではない。さっさと真摯なぎゅうをして、私がそろそろいいですと飽きるのを待ったほうが早い。
金曜日、私たちの結婚記念日だった。うなぎ屋さんでどんぶりを食べて、デパートで花束と仕出し弁当を買って帰ったあと、一緒に昼寝した。私は真摯なぎゅうを要求した。彼は真摯なぎゅうで応えた。しばらくしておたがい本格的に眠くなり、腕をとき、私は左手を、彼は右手をベッドに広げて寝た。くかーっ。
別にぎゅうの形によらず、彼がいつも真摯なのは知っている。