Writings

New Essays Every Monday

  • 特別な青信号をきみに

    「とうさん、まだ わたれないよ。」
    「よし、よし。」
    とうさんが いいました。
    「いま、青にしてあげるから、まっていなさい。」
    それから、ころあいを みはからって
    「えいっ。」
    といいました。

    しんごうは、青になりました。
    (ふうん。うちのとうさん、すごいんだ。)
    くまの子は、かんしんしました。
    (「えいっ。」っていえば、しんごう、かわっちゃうんだものな。)

    三木卓「えいっ」

    日曜日、夫とふたりでほっともっとに出かけた。私は最近疲れやすく、大きな音を聞きたくなかったので、遠回りして静かな道を選んだ。夫は私より背が高くて歩幅が広い。歩くのが速い。私は「ゆっくり歩いて」と頼む。

    あと少しでほっともっとに着くあたりの交差点。横断歩道。信号が変わるのを待つ、つもりでいたら、すぐに青信号になった。私は「ちょうどいいね」とよろこんだ。彼は「紺ちゃんのために特別に用意した」と言った。ふうん、うちのおっと、すごいんだ。あらかじめよういできちゃうんだもんな。おやくしょのひとと、なかよしなのかな。

    私は海鮮天丼とジュースを、夫はBIGのり弁当とチキンバスケットを買った。月曜日、私がお弁当を作らなくてすむようにするための、多めの唐揚げ。

  • 眠りの金継ぎ

    うまく眠ることができない。ふたつめの会社を辞めたあとしばらくして、「会社員」というラベルを失った自分に耐えられなくなったあたりで、眠れなくなった。なかなか寝つけない「入眠困難」、途中で起きてしまう「中途覚醒」、眠りが浅い「熟睡困難」、希望する時間より早く起きてしまう「早期覚醒」、すべてが当てはまる。薬は飲む。飲むが、必要な睡眠時間に対して、早めに起きてしまう。他の薬はもう全部試した。

    23時ごろに部屋の明かりを消して、ベッドに座り、足にブランケットをかけ、丸めた掛布団と壁にもたれるのが好きだ。30分はぼうっと窓を見ている。このあいだに夫は別の部屋で寝入っている。静かで暗い部屋は落ち着く。たまに、そのあととろとろと眠りの世界に行けることがある。体勢も崩れてきていて、掛布団が枕のような感じ。ああいうふうに眠れるのは、本当に幸せなことだ。私は3時間くらいで目を覚ます。夢の国もおしまい。台所に行って、薬を飲み、ベッドに正しく横になる。朝、夫を見送ったり、自分の仕事と勉強をしたりして、きりがついたら昼寝する。20分の日もあるし、2時間の日もある。ぼんやりタイムなしに薬を飲んで眠っても昼寝が必要だ。

    睡眠時間がひとかたまりだったころを思い出せない。今の私の眠りは2、3のかけらに散らばる。まあまあ合う薬があるだけまだましなのだけど、割れてしまった眠りをうまく金継ぎできたらいいのになと思う。

  • 水やり

    エッセイを書いたら夫に見せる。彼はもっている褒め言葉の数が片手で収まるので、大抵は「いい」とだけ言う。「その理由は?」と聞くと「ぼくがかっこいいから」と返ってくることがある。自分が粋な返答をしたとか、創造的な行動をやってのけたとか、存在がまぶしいとかの文章に、彼は(たぶん冗談交じりではあるが)「ふう。ぼく、かっこいいじゃん」と感じるらしい。

    彼はSNSをしない。自分からは発信しない。特許情報を除き、インターネット上に彼の直接的な情報はない。かたや私はXを使い、定期的に彼との生活について発信する。彼はそれを嫌だと思っていない。

    更新日の月曜日から水曜日あたりまで、よーく観察していると見つかるものがある。エッセイに書いた「かっこいい」言葉や行動の再現性を彼が高めようとする姿である。「言語的コミュニケーションなしに空気を読んで台所仕事をしてくれた」と書けば、「もう1回やって喜ばせちゃお」みたいな、指摘すれば「てへっ」とか効果音が出てきそうな感じの、だからといって自己主張的なわけでもない、絶妙なぐあいの行動を見せる。かわいいひと。

    ここに書くことで、誰かに読まれることで、かっこよくてかわいい彼はよりかっこよくてかわいくなっていく。ぐんぐん育ってくれたまえ。