New Essays Every Monday
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台所のクマ
夫がリラックマのパーカーを着ている。胸や背にイラストが印刷されたタイプではなく、リラックマになれるタイプのフリースパーカーだ。フードに目と鼻はない。耳だけがついている。腰の部分には丸くて立体的なしっぽがついている。彼は最近、顔のシミ取りレーザーを受けたので、積極的にフードをかぶる。
台所に、リビングに、クマがいる。電子レンジの前でレンチン待機中のうしろ姿はとてもかわいい。
先日、麻布テーラーに行くことになった。オーダーメイドスーツの店だ。彼のスーツとワイシャツはすべてここで作ってもらっている。出かけるまえ、彼はクマを脱いだ。さわやかなインテリっぽいシャツとセーター、コートに着替えて出かけた。初めて麻布テーラーに行ったとき、粋なスーツを着こなす店員さん相手に恥ずかしがっていた彼はどこへやら。今の彼には、自分のフルセットが麻布テーラー製という自信と、何度もこの店に来た慣れがある。用件は、ズボンの裾のほつれ直し。きりっと、スマートに対応していた。かっこいい。ちなみに彼が肩からかけたショルダーバッグには、リラックマのキーホルダーがこっそりついている。
次の日の昼、台所に行くとクマがいた。ごはんを求めている。「早くちゃんぽんを食べよう」。私は「フードをもう少し深くかぶって」と言い、太陽の射す場所から彼を遠ざけた。正直言って、日焼け止めを塗ればフードをかぶらなくてもいいのである。休日のフードは彼の選択だ。彼はすすんでクマになる。
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2枚のワンピース
12月にメルカリで譲ってもらったワンピースの、より新品に近いものをもう1着買った。
1枚目は、出品者いわく、あまり使っていない、傷もない、ただ部分的に壊れたので補修している、とのことだった。かなり安かったのと、出回らない柄だったのとで即決した。届いたワンピースは、裾の一部がほつれていたり、部品が交換されていたりした。それでも、私は購入できたことで十分に満足だった。年末から早速着た。柄もいいし仕立てもいいしで、この服を着ている日はなんだか気分がいい。
年明け、ランチでイタリアンの店に入った。前回訪れたときは、ラストオーダー前で静かだった。客も少なくて、テーブル席に座れた。ゆったりした時間を過ごせたことが再訪の理由だった。今回はランチタイムの最中で、カウンターに通された。カウンターの中には3人の店員がいる。ドリンクを作る人、皿を洗いつつ柔軟に動く人、料理を作る人。ホールの担当は2人。
学生時代、飲食店で働いていたから、ランチタイムの忙しさ、切羽詰まった感じは理解できる。だけど、それにしてもぐちゃぐちゃだった。「コーラが切れた。マシンに補充するのが面倒くさいから、お客さんに他のドリンクにしてもらって」とか「電話で予約を受けたの忘れてた。席、確保してない。やばい。そんな予約は受けてないって言って」などの会話を、カウンターの中でかがんで交わしている。客はペアでの来店ばかりで、カウンターの中でのごにょごにょに気づいていない。私はひとりだったし、椅子が高いしで、ずっと見ていた。ドリンク係がソーサーの上にカップ、その上にドリッパー、ペーパーフィルター、コーヒーの粉を置いた。少量の湯で蒸らすことはしなかった。一気に湯を入れ、5分ほど放置した。お湯が多すぎて、コーヒーはソーサーにどばどばとあふれた。
ふと、「あまり使っていないのに、こんなに壊れているものか?」と、着ているワンピースに思った。毛羽立ちぐあい、わずかな色褪せぐあいも、「あまり使っていない」ではない気がした。
メルカリのアプリを開いたら、同じワンピースが別の出品者から高値で出品されていた。パスタを待っているあいだに落札した。パスタが来て、食べ始めてからも、カウンターの中の混沌はひどくなっていく。店員は、おしゃれに設計された空間のバックヤードで何かを探していた。目当てのものが見つかったあとも、扉は開けっ放しのままだった。きのこやにんじん、玉ねぎの段ボールが雑に積み上げられ、崩れそうだった。ごまかしにごまかしが重なる。気分が悪くなってきて、半分だけ食べて帰った。
2枚目のワンピースは状態がいい。商品説明と実際のものに乖離がない。1枚目はやはり使い込まれていた。「愛着をもってたくさん着たものです」と書かれていたほうがよかった。どちらも大切にしようと思う。
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Perfect Days?
ある作品の主人公の性質や生活が、私のものとかなり似ているとき。
作品に触れた人たちが、「こういうふうに生きたい」「視点がおもしろい」「美しい」といった言葉で、おおむね高評価をくだすとき。
別の選択肢があったわけではなく、こう生きざるを得ないだけなのにと思う。
私は自分のことや今の生活がわりと好きな一方で、高評価をくだす人たちに嫉妬する。そちら側に行きたいと思う。