Writings

New Essays Every Monday

  • 風物詩

    大学生の人たちがXで、「卒論が終わった!」「春休みだ!」と喜んでいる。その一方で、私の家庭教師の先生は「採点が終わらない」と冗談っぽく嘆いたり、来年度のシラバス作りに追われたりしている。先生に授業してもらう関係は、この1月でまる1年になった。大学生の人たちが忙しそうにしているのを見ると、「そろそろ先生の余裕がなくなる時期だな」とわかるようになってきた。

    先生はミュージシャンでもあるので、忙しさのすべてが大学によるものではない。10コマ以上の授業を担当しているのも先生の選択だ。とはいえギャップがおもしろい。「もう終わった」とタスクを手放した人たち。提出物を受けとって忙しくなる人たち。それを見守る私。

  • 口止め

    えびせんの袋に口止めシールがついていた。
    ぱっと「口止め」だけが目に入ったばっかりに、うっかり「食べたことをえびせんに口止め?」っていう問いを経由したんだ。
    と夫に話したら
    「罪悪感があるってことだな」と返された。

    ひとりじめするはずだったえびせんを少し分け、共犯にした。

  • 「最後に質問はありますか?」

    「最後に質問はありますか?」
    「このあたりでおいしいひつまぶし屋を教えてください」

    学生時代、インターンでマスメディア業界の中を見て、「私はモノを作る会社に入りたい」と思った。誰かが作ったモノの情報を扱うよりは、「当社はこれを作っています」というふうに言葉をつかえる人になりたかった。メーカーならどこでもよかったので、視界に入るものの製造元を片っ端から調べ、エントリーした。

    時代のせいなのか、自分のせいなのか、私は就活に苦戦した。たくさん落とされて、愛知の会社だけが残った。最終面接で私は笑われた。何を話しても笑われた。バカにはされてなさそうだったが、意味がわからない。ずっと笑われるので、「落ちたな」と思った。最後の質問を促されたとき、ひつまぶしの店を聞いた。「もう愛知には来ないだろう。記念に食べよう」と思ったから。面接官たちはあいかわらず笑っていて、丁寧に教えてくれた。

    教えてもらった店で、泣きながらひつまぶしを食べた。手持ちのカードがなくなってしまった。またエントリーからやりなおさないと。あーあ。ここ、あんまりおいしくないじゃん。

    お茶漬けのネギを振りかけているときに、人事から電話がかかってきた。内定が出た。初期から一貫して最高評価だったと知らされた。笑われていたのはよい意味だった。

    「10分くらい、今後の手続きの話をしていいですか?」と聞かれた。「よくないです、かけ直します」と言って電話を切った。熱い出汁をかけてお茶漬けを食べた。今度は味がした。涙はわさびのせいにした。