New Essays Every Monday
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日傘をさそうよ
夫が自分で日焼け対策をしない。日焼け止めは私が買って、毎朝私が彼の顔に塗る。彼は「もー」「ぶぶぶぶぶ」「ぎゃーす」「ぬおおおお」といった奇声を毎日飽きずに発する。
「日傘買おうよ」と言ったら、「いらない」と返ってきた。
仕方がないので私が買った。似合うブルーグレー。邪魔にならない軽量タイプ。スマートな自動開閉。渡したら、次の日から使うようになった。実はこれ、よくある手法である。彼は自分で自分のためには買わないが、私が君のためだよと買ったものには弱いのだ。しかも、スペックが優秀。文句のつけようがない。
休みの日、出かけるとき、彼は自然に日傘を携えていた。まるで自分で買ったかのよう。こういうところが、かわいい。 -
時計にパンチ
punch a clock
直訳:時計にパンチする
意味:タイムレコーダーを押す、毎日出勤する朝起きて、お弁当をつくる。お湯をカップに入れて、冷まして飲む。そのかたわらで、夫が朝食を摂る。
見送って、私も朝ごはん。いつも白米と納豆。たまにしらすやネギを混ぜ込む。朝の薬を飲んで、身支度し、軽く掃除して、洗濯機を回す。あっちの部屋、こっちの部屋と、行き来する。
書斎の椅子に座る。仕事スタート。独りだなあと思う。この何にも制限されない、誰にも頼れない、自力で過ごす時間が好きだ。タイマークロックを押すので、いつもこの表現を思い出す。
夕方、時計にパンチして終業。夫との時間が始まる。 -
7月5週目の日記
7月24日(月)
マリオの映画を観に行った。今さらだと思ったけど、まだ大きなスクリーンが割り当てられていて満員だった。某キャラクターが自分たちを「戦うにはかわいすぎる」「死ぬにはかわいすぎる」と言うシーンで、夫を思い出した。帰って彼に話したら、「あれ?身に覚えが」と言っていて笑った。7月25日(火)
夕方、ビールを飲んでぼけぼけっとする。夕飯はお弁当を買ったので、作らなくていい。エアコンのきいた部屋の窓から、外の洗濯物が見える。カラカラに乾いて、風でくるくる回っている。7月26日(水)
週末の文学レッスンに備えて、ミルハウザーを読んだ。A Protest Against the Sun。家族が海で過ごす話。主人公の女の子が終始イライラしている。学者の父親が難しい言い回しで話す。母親は存在感が薄い。防寒着を着た男が現れて海岸を闊歩する。重要な部分の読解がうまくいってない気がする。昼過ぎ、スーパーに買い物に行った。溶けそうだった。今日みたいな日しかない名古屋の夏、海でのバカンスを理解できない。7月27日(木)
この前、米津玄師の「優しい人」を流しながらアイロンをかけていた。歌詞に「優しくなりたい 正しくなりたい 綺麗になりたい あなたみたいに」とある。普段日本の曲を聞かない夫が、ぼそっと「欲深いね」とつぶやいた。今日、「優しい人」の該当箇所で、彼の言葉を思い出した。しんみりした曲なのに、最後に吹き出してしまう。7月28日(金)
The Knife Throwerの予習。ナイフ投げを芸とする人の話。やってる人も怖いんだけど、アシスタントに協力を求められたときに、嬉々として手を上げる観客も怖い。7月29日(土)
日帰りで東京。4年ぶり。名古屋駅がたいへん混雑。朝からぴよりん(名古屋コーチンを使ったひよこ型スイーツ)に行列ができている。私は人よりぴよりんの数が多かった時代を知っているので、予約しないと買えない最近の状況をほほえましく思う。昔都心に住んでいたくせに、電車を乗り間違えた。京浜東北線の各駅停車に乗りたかったのに、快速に乗ってしまった。用事をすませたあと、東京駅のリラックマストアで夫におみやげを買う。名古屋に戻ると、人の少なさにほっとした。電車から見える空が広い。名古屋が好きだ。7月30日(日)
文学レッスンの日。A Protest Against the SunとThe Knife Throwerの予定が、前者に時間を食ってしまい、後者は来週になった。A Protest Against the Sunは、今まで読んでいたミルハウザーの作品よりもだいぶ古く、最近のと英語の感じが違う。「なんか重要な点を読み逃してる」という予感は当たりで、先生に質問してようやく細部の理解が追いついた。なるほどなるほど、父親がめちゃくちゃ嫌な人だ。先生が「こんなイメージ」と父親の台詞をいかめしく朗読してみせてくれて、「あーこういう人ほんとに勘弁」と思った。授業の終わりに、「先生に会ってから、先生のクリエイティビティに感化されてブログを再開したし、この前エッセイをコンテストに応募したんですよ」と伝えたら、喜んでくれた。勇気を褒められた。大学の採点業務が終わったら読んでくれるらしくて、嬉しい。