New Essays Every Monday
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私のワールドツアー
メーカーの人事部に勤めていた。研修を作っていた。国内外で講師をしていた。日本で研修をやる。中国に行って研修をやる。香港に行って研修をやる。タイに行って研修をやる。ベトナムに行って研修をやる。フィリピンに行って研修をやる。シンガポールに行って研修をやる。「はじめまして、こんにちは、川瀬です。みなさんお元気ですか。限られた時間ですが楽しみましょう、よろしくお願いしますね」(JP/EN)
一時期のあれは、私のワールドツアーみたいなものだったなと、ワールドツアー中のアイドルのニュースを見ながら思った。いつでも歓待されたし、めっちゃ握手した。グッズを作っていたら売れたかもしれない。
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目くばせをしただけのような
写真家さんにお仕事をお願いした。必要最低限のことだけ伝えて、あとはお任せした。期待以上のものが納品されて自然と涙が出た。
その中からいくつかを選んで、クライアントに提案した。写真データはこの方にも渡っており、「数十枚の中からなぜあなたがその数点を選んだのかがわからない、でもあなたに任せる」と言った。目的は共有しているものの、この方の好みと私の意図は違うので、私は完成前に説明するのはやめようと思った。
写真を使って私の仕事を完成させ、クライアントに納品した。写真の意図を説明しようとしたら、「この写真は確かにこの場所だ。あなたがなぜこの写真を選んだのか、より理解できた」と言われた。
言葉を最低限にして仕事を任せるということは、賭けるというか、相手を信じるということで、言葉が最低限でも仕事を任せてもらえるということは、私を信じてもらっているということなんだと思った。言葉じゃないところで心を交わす仕事ができたようで、うれしかった。こういうのを増やしていきたい。
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20-30代男性におけるLINEスタンプ内面化の研究
彼はLINEのスタンプも食べた。もともとガラケー派だったけれど、スタンプコミュニケーションを気に入り、スマホ共々使うようになった。そしてLINE以外の場面で、スタンプみたいな言動をするようになった。たとえば、「じーっ」「えーん」「キリッ」「ぐっ!」「わくわく」「がるるー」「おおー」「イエーイ」「ぺこり」「ガーン」「えっ……」「えへん」と戯画的に言う。わざとうるうるの瞳で見つめてきたり、深刻な表情で落ちこんだり、ドアの隙間からひょっこり顔を出したり、ほっぺたをむうと膨らませてすねたりする。主に、無料でダウンロードできる楽天のパンダと、私が好んで使うねこぺんのトレースである。気の利いた返しや、スタンプの組み合わせ開発にも熱心。経験を積みすぎて、「今日、上司に『しょぼーん』って言いそうになった」と笑う日もあった。スタンプは、彼のユーモラスな性格の養分になった。
ふたりでごはんを https://konkawase.com/?p=179大学の言語学のゼミで同期だった友人が、東大の院に進み、博士号を取った。久しぶりに会ったとき、我が家の話をした。
私「夫がさ、LINEスタンプっぽい言動をするんだよ」
博士「どういうこと?」
私「新しいスタンプをダウンロードして使ってると、そのうちそのスタンプみたいな言葉を普段口にし始めたり、新しい動きをしたりするようになるんだよね」
博士「興味深いね(笑)」
私「でしょ。データ残してあるからさ、言語学の論文書けたりしないかな」
博士「書けるんじゃない?」
私「サンプル数1でも?」
博士「書き方によるかもよ」
私は文学に転向したので、もうこの論文を書くことはないけれど、言語学的フィールドワークは続けていく。この文章を書いているあいだにも、夫は楽天パンダを送ってきていた。今夜のメニューが和食と知って、親指を「ぐっ」と突きだしている。私はうさまるが手をばたつかせて「うりゃー」と言っているスタンプを返した。