Writings

New Essays Every Monday

  • 目くばせをしただけのような

    写真家さんにお仕事をお願いした。必要最低限のことだけ伝えて、あとはお任せした。期待以上のものが納品されて自然と涙が出た。

    その中からいくつかを選んで、クライアントに提案した。写真データはこの方にも渡っており、「数十枚の中からなぜあなたがその数点を選んだのかがわからない、でもあなたに任せる」と言った。目的は共有しているものの、この方の好みと私の意図は違うので、私は完成前に説明するのはやめようと思った。

    写真を使って私の仕事を完成させ、クライアントに納品した。写真の意図を説明しようとしたら、「この写真は確かにこの場所だ。あなたがなぜこの写真を選んだのか、より理解できた」と言われた。

    言葉を最低限にして仕事を任せるということは、賭けるというか、相手を信じるということで、言葉が最低限でも仕事を任せてもらえるということは、私を信じてもらっているということなんだと思った。言葉じゃないところで心を交わす仕事ができたようで、うれしかった。こういうのを増やしていきたい。

  • 20-30代男性におけるLINEスタンプ内面化の研究

    彼はLINEのスタンプも食べた。もともとガラケー派だったけれど、スタンプコミュニケーションを気に入り、スマホ共々使うようになった。そしてLINE以外の場面で、スタンプみたいな言動をするようになった。たとえば、「じーっ」「えーん」「キリッ」「ぐっ!」「わくわく」「がるるー」「おおー」「イエーイ」「ぺこり」「ガーン」「えっ……」「えへん」と戯画的に言う。わざとうるうるの瞳で見つめてきたり、深刻な表情で落ちこんだり、ドアの隙間からひょっこり顔を出したり、ほっぺたをむうと膨らませてすねたりする。主に、無料でダウンロードできる楽天のパンダと、私が好んで使うねこぺんのトレースである。気の利いた返しや、スタンプの組み合わせ開発にも熱心。経験を積みすぎて、「今日、上司に『しょぼーん』って言いそうになった」と笑う日もあった。スタンプは、彼のユーモラスな性格の養分になった。

    ふたりでごはんを https://konkawase.com/?p=179

    大学の言語学のゼミで同期だった友人が、東大の院に進み、博士号を取った。久しぶりに会ったとき、我が家の話をした。

    私「夫がさ、LINEスタンプっぽい言動をするんだよ」

    博士「どういうこと?」

    私「新しいスタンプをダウンロードして使ってると、そのうちそのスタンプみたいな言葉を普段口にし始めたり、新しい動きをしたりするようになるんだよね」

    博士「興味深いね(笑)」

    私「でしょ。データ残してあるからさ、言語学の論文書けたりしないかな」

    博士「書けるんじゃない?」

    私「サンプル数1でも?」

    博士「書き方によるかもよ」

    私は文学に転向したので、もうこの論文を書くことはないけれど、言語学的フィールドワークは続けていく。この文章を書いているあいだにも、夫は楽天パンダを送ってきていた。今夜のメニューが和食と知って、親指を「ぐっ」と突きだしている。私はうさまるが手をばたつかせて「うりゃー」と言っているスタンプを返した。

  • セルフレジ理論の適用

    近所のスーパーのセルフレジが増えた。有人レジがひとつになった。お客さんは有人レジを好む人が多く、並ぶ。店への投書の掲示板にも、苦情ばかりが載っている。夫は有人派だ。今まで店員さんにお願いしていた労働が客に渡っただけである、コストカットの悪影響だとぷりぷりしていた。セルフレジの動線設計がかなり悪いこともあり、怒るのも無理はないと思う。私は空いてるほうを選ぶ派。

    レディボーデンのアイスクリームがおいしい。チョコレートアイスにチョコチップが入ったミニカップ。私におみやげを買って来るならこれでお願いしますと、夫に伝えていた。

    しばらくして彼は買ってきてくれて、私はおいしく食べた。彼は定期的な購入品についてはコストカットをもくろむ。ミニカップを数回買ったあと、大きいサイズ(パイント)を買ってきた。「これをこまめに食べるといいよ」

    パイントにはチョコチップが入ってなくて、私は「む」と思った。でもまあ、チョコレートアイスは好きだし、いただきましょう。カップからワンスクープすくおうとする。硬くてうまくいかない。「うーーーにょーー」という変な声が出た。少し溶けたくらいでなんとかうまくいって、食べた。

    別の日にまたワンスクープ食べようとしたら、この前よりもっと硬くなっていた。食べたいので懸命にすくおうとする。手が痛くなって休んでいるときに気づく。ミニカップだとこんな労力発生しないじゃん。「あっ、食べたい」と思って冷凍庫に行ったら、すぐに手に取れて、私はスカートの裾をふわっと揺らしながら優雅にエアコンの効いた部屋に戻れるじゃん。っていうか好きなのはチョコチップ入りだって。

    また別の日にまた食べようとした。今度は夫が横にいた。私が硬いアイスと格闘しているのを見て、ひーっひっひっと悪い顔で爆笑している。「ねえ、これセルフレジと同じじゃん。きみのコストカットのしわ寄せが私に来ただけじゃん!」

    これを読んでいる夫へ。私はミニカップが好きです。レディボーデンはチョコチップ、ハーゲンダッツはクッキーアンドクリームとストロベリーが好きです。よろしくお願いします。