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脅しがきかない
「お菓子ちょうだい。じゃないといたずらするぜ」
「どうぞどうぞ」そう言って差し出された手にお菓子はない。夫はほほえんで続ける。
「日頃いたずらばかりしてる人に慣れてるから、今日も存分にいたずらしたらいいよ」ハロウィンでお菓子をもらえる人たちは、ふだん、いたずらをあまりしないから胸を張って脅せるのだ。善行あってこそのお菓子。そうかそうか善行善行。私も積んでやる。
そう思っていたのに、気がついたらドアに隠れ、彼がやって来るのに合わせて「わっ!」と出て驚かせていた。
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きらきらティーチングアシスタント
「きみはティーチングアシスタント、やったことある?」
夫にたずねたら、「あるよ」と言われた。ティーチング・アシスタント(TA)について
優秀な大学院学生に対し,教育的配慮の下に,学部学生等に対するチュータリング(助言)や実験,演習等の教育補助業務を行わせ,大学教育の充実と大学院学生のトレーニングの機会提供を図るとともに,これに対する手当ての支給により、大学院学生の処遇の改善の一助とすることを目的とした制度。
文部科学省私は大学時代にTAを見たことがない。文学部だからか、学部生と院生が共同で研究に取り組む部屋はなかったし、大掛かりな準備が必要そうな授業を受けたこともない。どこかにいたとしても、先生のために、お金のために、事務作業を淡々と、人によっては渋々手伝うものだろうなと思っていた。
夫は理系で、情報系の仕事をしている。大学・大学院時代は、電子系寄りで研究していたらしい。情報系、ソフト屋さんは、電子回路で動かすソフトを作る人。電子系、ハード屋さんは、ソフトを動かす電子回路を作る人。ソフト屋さんもハード屋さんも、それぞれ設計係と実装係に分かれる。全体を見てあれこれ設計するのが好きな人もいれば、設計図を受けて実際に手を動かすのが好きな人もいる。
「ひたすら回路を作っていた」
「ん?ソフトじゃなくてハードやってたの?作ってたって…手を動かして?」
「うん。美しい回路を作っていた」会社での彼は、ソフト屋の設計係だ。実装を好まない。なのに、TA時代、はんだごてを使ってもりもり回路を作っていたらしい。
「設計は?」
「他の人」
「じゃあきみはほんとうにひたすら手を動かしてたの?」
「うん。美しい回路を量産していた」
「開発部というか、製造部ということ?」
「そう。ぼくはひとりで製造部をやっていた」地元の小学生を集めて回路を配り、理系のとある仕組みを体験してもらうイベント。その回路の量産を、彼は短期的・集中的に任された。はんだごてで作業するのは楽しい。美しい回路を作るのは楽しい。数百枚をずらっと並べ、リズミカルに検査していくのも楽しい。エラーはだいたい自分のミスではなく、部品の不良。どや。そんなことをしていてまとまったお金が入ってくるのもうれしい。
研究でカメラが必要になったとき、彼はアルバイト先のカメラ店を紹介した。先生はそこでカメラを購入した。彼はお買い上げ金額分のポイントをちゃっかり譲り受けた。
手伝っているというか、単に好きなことをのびのびやっている人に聞こえる。きゃっきゃっきゃっと遊んでいて、結果的にお金と信頼がついてくる感じ。
この話をしている夕食の時間、彼は目を輝かせながら、自分の作った回路がいかに美しかったかを繰り返し語った。まぶしかった。私が好きなのは、彼のこういうところ。哲学と美学をもっているところ。やりたいことと求められることの接点をうまく見つけられるところ。
私が行きたい大学院に彼のTAのような仕事はないだろうけど、彼のような姿勢で学ぶというか、楽しむというか、生きたいと思う。
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自販機と成長
手元に保育園の連絡帳がある。「今日はお散歩の日でした。自動販売機を見つけた紺ちゃんは、ボタンを押してもジュースが出てこないことにとても怒っていました」と、担任の先生が書いていた。
夫とデパートに行く途中、駅のホームで喉が渇いた。自販機にお金を入れてミニッツメイドのボタンを押した。出てこない。私は少しむっとしたが、先生の言葉を思い出し、大人として自制した。よく見るとお金が足りてなかった。ひとりで恥ずかしくなり、もう少し小銭を入れた。小さいのに高いな。出てきたミニッツメイドを夫に渡す。「フタを開けてほしい」の合図である。お金はあっても握力がない。ぐびっと飲んだら、期待していた味と違った。私は少しむっとしたが、先生の言葉を思い出し、大人として自制した。
