New Essays Every Monday
-
10月6週目~11月1週目の日記
10月30日(月)
肉じゃがを作ったら、じゃがいもが消えた。小さく切りすぎた。これでは「肉じゃが」ではなくて「肉」だわ……と落ち込む。おまけにストウブの底が焦げていて、落とすのに苦労した。失うものが多かった日。10月31日(火)
病院と区役所、帰りに花屋へ。もうすぐ夫の誕生日。リクエスト通りにすると食卓が真っ白なので、せめてもの彩りにとオレンジのカーネーションを買った。花びらの中のほうと端とで微妙に色が違う。綺麗。今日はハロウィンだが、善行を積んでも悪いことをしてもお菓子をもらえなさそうなので、買い置きしておいたアイスを食べた。ら、夜、帰ってきた夫がハーゲンダッツをくれた。「これで1年間いい子にしてるんだよ」と言った。それにしては数が少なくない?と思ったけれど、言うとそもそも1つもくれなさそうなので、大きくたくさんうなずいておいた。11月1日(水)
新米の日と決めていた。西塚農場から届いたつや姫。先月仕込んだイクラを思い出し、冷凍庫から出す。夫の好きな煮物を作ろうとして、そういえばストウブの焦げが残っていたことに気づき、重曹で掃除するところから始めた。結局長くかかりすぎて、別の鍋でかぼちゃの煮物を作った。そんな手間も、すべては新米のためと思うと苦じゃない。11月2日(木)
ポトフを作ったら、じゃがいもが消えた。大きく切ったのに。夫はきたあかりが好きなのだけど、「それはもうよくないよ、溶けるよ、小さくたって大きくたって溶けるよ。煮物にはメークインにしよう。あーあ」と思いながら、リビングで彼の帰りを待った。会議が延びていて、英単語がはかどった。今夜のディナーは、キャベツとにんじんとウインナーのじゃがいもスープ煮込み。11月3日(金)
リバティプリントの花柄ワンピースを買った。ずっと探していたyaecaのもの。見つかったとて、手が出ないお値段だろうと思っていたもの。古着でお安く手に入れた。11月4日(土)
ワンピースが早速届いた。合うかドキドキしながら着て、鏡を見た。かわいい。ワンピース単独じゃなくて、ワンピースを着てる私がかわいい。布がたっぷり使われている丁寧な縫製で、スカートの部分がふわっと広がる。「ねえ、見てー」と夫を呼んだ。しばらく無言だったけど、「ぼくの好みです」と言いたげなほうの無言だと顔に書いてあった。だいぶ好みらしい。私たちは好みが似ていて平和でよい。ワンピースはもっと集めたい。その上で、自分で編んだニットを合わせたい。11月5日(日)
夫の誕生日。朝5時に目が覚めて、トイレに行って戻ったら、夫が布団の中で起きていた。いつもと違う様子になんとなく、祝福を求められているように感じた。ゴールデンレトリバーにするようなイメージで、大きく彼をなで回しながら、「おめでとうね」と伝えた。プレゼントは4つ用意していて、3回に分けて渡した。パトリック・スチュワートの本のハードカバーとオーディオブック、部屋用のリラックマのパーカー、H TOKYOの刺繍入りハンカチ。パーカーは、耳付きフードと丸いしっぽがついている茶色い起毛タイプ。似合う。彼がかわいさを覚醒させたのは私に会ってからなので、この状況を義母が見れば「うちの息子にこんなの着せて」と苦言を呈しそうだけど、強調しておきたいのは、彼が照れながらも嬉しそうなことである。若いうちにしか着れないと思って買ったものの、おじいちゃんになって着ててもよさそう。 -
Living well is the best revenge and
書斎にこだわり始めたのは、自営業になってからだ。
仕事をしようが、仕事を終えて勉強や読書をしようが、基本的に同じ場所にいるので、長く居心地のよいものを集めようと思った。
私たち夫婦の価値観では、持ち家を建てることはないので、密やかな、自分だけの城である。酒を飲んで暴れる父と、ヒステリックに泣き叫ぶ母がいた家の私の部屋に、はじめは境界がなかった。
勉強していても寝ていても、彼らは否応なしに入ってきた。
鍵を閉めていても、コインでこじ開けて入ってくる。
中学に入って、ホームセンターに行き、追加の鍵を買った。
コインで開けられなくなると、今度はドンドンと強く扉を叩かれるようになった。
私の部屋はシェルターだった。同棲を始めて借りた今の家は、部屋に鍵がない。
夫はたまにひょっこり入ってくるし、私も彼の部屋に行くが、「ちょっと今いそがしい」と言えば退散を求めていい。
あとから「さっきはごめんね」と話す。
人との暮らしで安心感を得ることに少しずつ慣れていき、好きなものを選びたい欲が出てきた。
昔は「鍵があればいい」と思っていたのに。
今や「好きな色味でものを選びたい」と思う。
私の存在や意志の肯定は、反逆であり、復讐であり、自分で人生をつくる宣誓である。物の選びかたは、彼に教わった。
長く使えるものを選ぶ。
価格や広告やブランドに惑わされない。
たとえば、アングルポイズのランプのこと。
「通常タイプは高いので、LEDのミニタイプにする」と彼に言った。
彼は「そのタイプは明かりの部分を交換できないよ。長くは使えない」と言った。
高くても、交換可能なほうを選んだ。
そういう、長く使えるように厳選したものたちが部屋にたくさんある。夜、デスクランプだけつけて、アロマウッドに好きな香りのオイルをたらし、ソファに腰かけてぼーっとするのが好きだ。
毎日変わらない風景が愛おしい。 -
赤いじゅうたんを敷く
roll out the red carpet
直訳:赤いじゅうたんを敷く
意味:盛大に歓迎するいわゆるレッドカーペットのイメージそのままの表現。
いつか使いたくてストックしているのだけど、歓迎はともかく、盛大に歓迎する財力や体力はないよなとか、万が一、文字通り受け取られて赤いカーペットを期待されたらどうしようと思ってしまう。自分で盛大な歓迎をしたことはないものの、受けたことはある。
新入社員を海外の工場と販売会社に連れて行く研修を立ち上げるため、宿泊先のホテルに打ち合わせに行ったときのこと。
その年の研修先はタイ。
どこの国に行こうと、出張者が泊まるのは治安やアクセスなどの点から、グレードの高いホテルであることが多い。
グレードの高いホテルの部屋は、小さいと呼ばれる部屋でも、日本のスイートみたいな広い部屋である。
そのホテルに60人が数日間泊まる、つまり決して小さくはないお客さまとみなされて、盛大に接待された。
赤いカーペットを敷いてもらった。
VIP用の部屋に通されて、上質な食事をいただいた。
私はただ打ち合わせに来た入社3年目の若造。
接待してもらわなくてもそのホテルしか選択肢がなかったし、現地からすれば高額でも会社の予算と考えれば大きくなかったし、気になさらなくてよかったのに。
盛大な歓迎は、受けるほうもたいへんだ。ちなみに、研修時の60人分の宿泊代は、私のコーポレートカードで支払った。
その際、メールアドレスを提出する必要があった。
うっかりプライベートのGmailをお伝えしてしまい、私には退社した今でも定期的に、超VIP向けのメールが来る。