Writings

New Essays Every Monday

  • もんじゃ焼き幸福論

    ホットプレートにもんじゃ焼きの具を広げて炒める。明太もちチーズ味。キャベツがやわらかくなったら、土手を建設する。出汁と小麦粉を溶いたものを流し入れ、土手を破壊し、平らにして整地する。

    「きみは普段、何を考えているの?」と夫にたずねる。このところ、私は自分のアイデンティティのことを考えていた。「アイデンティティがどうちゃらとか考えなさそうだよね」と付け足す。

    彼は「どうして電池が減るんだろうと思っている」と言った。スマホを取り出し、すばやく指を動かしてスクロールする。iOSと違って、Androidは自分であちこちプログラムできる。「ぼくが命令していないプログラムがどこかで動いているんだ。だからそのぶん電池が減るんだ」

    「ほんとうにそればっかりで頭がいっぱいなの?」
    「あ、それとアプリのアップデートのことを考えている」
    顔を合わせてにこにこする。

    今日のチーズはゴーダ入りで、黄色が濃い。いつものチーズはモッツァレラ入りでクリーム色、あっさりした味がする。

    「変えてみたけどどうだろう、どっちがいいかな」「これはおいしい」「でもモッツァレラ入りはモッツァレラ入りでおいしかった」「わかる」「比べてみないと何とも言えない」「次は4分割にして比べよう」「賛成」「チーズなしエリア、ゴーダ入りエリア、モッツァレラ入りエリア」「ミックスエリア」「忘れないうちにまた作ろう」あっつ、はふはふ。「「おいしいね」」

    青のりが飛ぶ。

    もんじゃのことばかり考えていた。彼の頭のなかは1日じゅうこんな感じなんだろうか。目の前のこと。今のこと。空気を抜いたジップロックの袋のように、不安が入り込む余地のない幸福の密閉時間。

  • ぬるい希望

    5時半、カーテンを開ける。朝日が当たる窓辺にスノードームがある。中に金色の星が入っている。小さいから、逆さにして雪を降らせてもすぐに止む。

    光がきれいだった。きれいな光を見つけた私もきっときれいだ。あたらしいあさがきた。きぼうのあさだ。さわやかな自信をもっていい。

    夫からもらったカメラで光をつかまえる。スマホじゃうまくいかんのだといっちょまえに思いながら、たくさん撮る。ぶれる。ぼける。暗い。失敗作ばかりのなかに、ぬるい奇跡の1枚があった。せみが起きてきて、合唱を始めた。これから気温が上がる。

  • 私のワールドツアー

    メーカーの人事部に勤めていた。研修を作っていた。国内外で講師をしていた。日本で研修をやる。中国に行って研修をやる。香港に行って研修をやる。タイに行って研修をやる。ベトナムに行って研修をやる。フィリピンに行って研修をやる。シンガポールに行って研修をやる。「はじめまして、こんにちは、川瀬です。みなさんお元気ですか。限られた時間ですが楽しみましょう、よろしくお願いしますね」(JP/EN)

    一時期のあれは、私のワールドツアーみたいなものだったなと、ワールドツアー中のアイドルのニュースを見ながら思った。いつでも歓待されたし、めっちゃ握手した。グッズを作っていたら売れたかもしれない。