New Essays Every Monday
-
新しい言葉をつくっちゃえ
オースティン・クレオンさんちのオーウェンくん(2019年時点で6歳)は、お父さんの影響で、自分で絵を描いたり、音楽やzineをつくったりしている。かわいいので、私も新作を楽しみにしている。”“Loveheart” is just a standard word in our family lexicon now” ツイートにも「いいね」した。
訳すなら、「 “Loveheart”は今や我が家の定番の言葉です」。 “lexicon”は、「ある特定の個人・領域などにおける用語集」のこと。本屋で買える「正式な辞書」には載っていないけど、オーウェンくんが母の日やバレンタインで使うので「オースティン家の辞書」には載っている言葉だという意味。
「ファミリーレキシコン」、我が家(2人暮らし)ではどうだろうとフィールドワークを始めた。普段通りの生活の中に観察者の自分を置き、会話の分析と記録を続けた。
あまり意識していなかったが、我が家は言葉の積極的な開発と便乗が推奨される環境である。新しい単語や意味が意図的に、事故的に、偶然にひょいひょい生まれ、流行り、廃れていく。音や意味の変化を経て定着に至ったものもある。書き言葉よりも話し言葉のほうが発達している。
毎日言葉遊びをしているような、即興芝居をけしかけているような、機転を試しあっているような感じだ。うちのファミリーレキシコンの辞書を作るなら、こんな感じの定義と例文になる。
うちのファミリーレキシコン
(各項目の最後は例文)こてね
仕事がうまくいった、楽しいことがあったなどで精神的に満たされている、ほどよい身体的疲労がある、おいしいごはんを食べる、酒を一定量以上飲む、という条件がそろった上で、風呂に入る前にこてんと寝てしまうこと。ぎりぎりまで「お風呂には入るよ」「横になってるだけで眠ってない」とつぶやき続け、最終的には相手に嘘をつく。幸せそうな顔に免じて、ごくたまにであれば許される行為。「こてんね」からの音変化。「昨日はこてねしてごめん。ほんとうに反省してる」
ぽてね
夫が、山盛りのポテトサラダを食べたあと、こてねに至ること。ポテトサラダはカロリーが高いため、こてねしないことを条件に提供されることが多く、こてねと違って重罪である。「ぽてねするって、人としてどうなの?」
解体/解除
妻が洗ってカゴに積んだ食器を、夫が元の場所に戻すこと。心ここにあらずで気が急いている場合、いつもの場所とは違う場所に積まれた皿で、ピサの斜塔が建つ。2種類あるのは、初回の聞き間違いによる。どちらも譲らずどちらも定着。「これつくってる間に、解体しといてくれないかな」
「わかった、解除する!」接触不良
道具、とりわけ台所用品が妻の手のサイズや目的、作業動線に合わないこと。「卵焼き器、接触不良だったんだけど、小さいものに変えたらめっちゃ使いやすくて楽しくなったーーー!!」
人気者
風邪っぴき、病人。ウイルスからモテモテの状態。「だから言ったじゃん、寒い格好しちゃだめだって」
「ほら、ぼく人気者だから仕方ないよ」自由研究
きらめくアイデアに心を踊らせ、夜や週末などのあるひとかたまりの時間、自室にこもって実験やものづくりにいそしむこと。夫のは今仕事で必要なことの数歩先のこと。あるいは関係があるかはわからないが、すごい発明に思えるもの。妻のは書きもの調べもの。専門を別にしながらも、発生したエネルギーには敬意を払いたいので、研究終了後の会話には「おうむ返し」のルールを採用している。「今日はサーバの自由研究をしたんだ!(中略)すごいでしょ!」
「サーバの自由研究をしたんだね!それはすごいね!」
「そう思うよねー!うんうん」
(ここまでセット)刺す
夫が、自分のヒゲが伸びているのをわかっていて、顔を妻に近づけようとすること。脅し文句だが、対する返答も脅し文句になることが多い。「いっしょに行ってくれなきゃ刺すよ」
「夕飯出さないよ」業務委託
相手の得意なことを任せること。キッチンとネットワークは年間包括契約、それ以外は個別契約。「これ、業務委託したいんだけど」
パスタマイスター
夫の肩書きのひとつ。役職が人を育てる。お湯を沸かし、塩と麺を計量し、鍋に入れ、タイマーをセットし、茹で、ざるにあげる一連の流れを担当する高度技術専門職。ソースやサラダは専門外のため、任務終了後はカトラリー設置部門へ異動。「パスタマイスター、そろそろ出勤のお時間です」
同期
街の屋外ディスプレイでスーモの広告が流れ始めた瞬間に、妻がMacBookに繋がれたiPhoneのように、スーモの歌を口ずさみ始めること。「スモスモスモスモスモスモスーモ♪」
「同期したね」キーステーション
旅行先で起点にする駅。近くに宿泊することが多い。「今回の旅は広島駅をキーステーションにお送りしましょう」
クスリをやる
妻が自分の処方薬を無印良品のピルケース(6日分)に分けること。「お皿洗ってくれる?私クスリやるから」
「おっけー」クスリを盛る
妻が夫にサプリメントを渡すこと。夫は疲れがひどいときだけ飲むので、妻が用法用量を守って渡す。「昨日待ってたのに。クスリ盛ってくれるの」
「ごめん、忘れてた」沈む
お風呂の湯船に浸かるという意味。妻の言い間違いから。「今日お風呂に沈んだの?」
「うん、少し」
「しっかり沈んでね」潜入
地下も含めて何階もあるような大きな建物に2人で入る場合に、夫が使う。悪いことをしていないのに悪いことをしている気持ちになる。「さあ着いた。潜入するよ」
調査
店で品物を見てまわること。「潜入」と合わせ、スパイ色が強くなる理由は不明。「今日はあのパン屋を調査しなきゃ」
Family lexicon is:
– a bundle of old love letters
– important energy
– regular exercise
– playing in a particular style
– to relax completely and enjoy
– to understand or respect other people’s ideas and behaviour
– supporting changes in some systems that give people more freedom
ファミリーレキシコンは
何度も読み返したラブレターの束
大切なエネルギー
いつもやってるエクササイズ
こだわりの遊び
うんとくつろいで楽しむこと
相手の考えや行動を理解すること、敬うこと
もっと自由なシステムに変えていくこと
by 紺(Longman Active Study Dictionary 5th edition、 “lexicon”掲載ページ、見開きで見つけた単語から作成(写真の蛍光ペン部分)) -
ヨドバシカメラ 3/14 20:00-21:00配達指定
肉屋に行ったら牛肉100%のミンチがあった。スーパーにはないので珍しい。これでハンバーグを作ろうと購入し、夫にその旨LINEした。彼は18:09に「これからー」と返信し、すみやかに帰ってきた。私たちのお気に入りの肉屋の、初めて食べる牛100ハンバーグ。よっぽど楽しみだったんだろうと思った。
20:00過ぎ、郵便局の人が来た。我が家はメゾネットの2階なので、階段の上り下りがある。階段を上り切って、電気を消し、リビングのドアを開けた彼の顔は輝いていた。にやけている。「ぼくのパーツ♪」と言って荷物を自室に運んだ。
早めの帰宅を促したのは、私のハンバーグじゃない。1日くらい前に、先約が入っていた。こういうことはよくある。本当によくある。帰ってきて表情が明るいから、料理を楽しみにしてたんだろう、私に会いたかったのかなと推測していると、ピンポーンと鳴って、コンピュータのパーツが届く。
食後「今日は何の日?」とクイズを出した。彼はうーんうーんうーんと悩んだあとに、目をそらし、「ホワイトデー」と言った。そのあと頭を突きだしてきて、撫でて褒めるように要求してきた、「今日がホワイトデーだと知っていたこと」に関して。「えらい!」とがしがし撫でた。
とはいえ遊んでみただけで、正直お返しを期待していない。言葉や言葉にならないものの贈り合いは毎日やっているわけだし、バレンタインデーのディナーを作って贈ったらご機嫌に食べてくれたわけだし。今日もいい日だったなーと自分の部屋に戻り、日課の勉強をした。
21:30頃、彼は「じゃーん」と言いながら私の部屋に現れた。黒い箱を持っている。部屋の照明を落としているのでよく見えない。近づくと、いいドライヤーだとわかった。特にラッピングなし。ふたを開けたところにセロハンテープで貼ったメモがある。「きれいな髪でぼくをドキドキさせて」と書かれていた。
「ぼくのパーツ」と言っていたことも、ホワイトデーうろおぼえも演技だった。しっかり用意していたのだ。数年間、ホワイトデーのお返しなんてなかったのにどうした、と尋ねたら、「毎年贈っていたらサプライズにならない」と返ってきた。何も贈ってこなかったこの数年は、実は戦略的な沈黙だったのだ。なんかよくわからないけど、長期的視野が壮大。
お風呂から上がったあと、早速使った。ベッドに座って自分の髪を乾かそうとしたら、彼がひざまくらになって乗ってきた。彼の髪は短いのでもう乾きかけだったけど、新しいドライヤーで乾かしてあげた。「ちゅるちゅるになった!」と喜んでいた。先にその台詞を言うのは私の役な気がしたけれども、もういい。ホワイトデーにお返しを選べたこと、うまくカモフラージュできたこと、サプライズできたこと、いいマシンを選べたこと、私が喜んでいることが総じて嬉しそうだった。
夫婦で生活していて、どちらか一方だけがよろこぶことは、我が家ではあまりない気がする。
-
春の日、第19章
スーパーに入るなり、いちごをカゴに入れた。300円の紅ほっぺ。旬だから軽率に買う。鮮魚売場であさりを見つける。ザルに載って塩水に浸かっている。「あさりを食べたい」よりも、「砂抜きしたい」が勝つ日がある。店員さんを呼んで、活きのいいやつをもらう。肉売場では、しゃぶしゃぶ肉が特売だ。薄いピンクの豚肉。ひらひら。明日、しょうが焼きにしよう。無脂肪のビヒタスヨーグルトも2つつかむ。
帰り道、平日の14時。晴れた日。人は歩いてない。車も通らない。風が吹いて、涙が出てきた。ダウンの袖からトレーナーの袖を出す。XSでも長くて折っているのを伸ばす。目頭を拭く。激しくなったので、道路の端に買いもの袋を置き、今度は両手で拭く。どうして泣くのか。早めに仕事が終わったからといって、こんな時間に買いものしているうしろめたさか。人と同じリズムで生きられないさみしさか。いちごを軽率に買った、あるいは本来の目的外であさりを買った罪悪感か。他の些細なあれこれの蓄積か。ただ単に少し疲れているのか。そのすべてか。花粉症のせいにしたいけど、花粉症じゃない。私には別のアレルギーがあって、通年で薬を飲んでいる。
向かいからパトカーがやって来るのが見えた。涙はそのままに、急いで買いもの袋をもち、角を曲がった。