Writings

New Essays Every Monday

  • 褒められたい

    「あなたの作品は本当は1位だったんですが、高校生らしくないということで2位になりました。ごめんなさい」

    高校3年の秋、電話がかかってきた。夏に受験勉強そっちのけで書いた英文エッセイ。大きめの全国コンクールの審査員からの連絡だった。

    私は言葉、英語の話を書いた。どういうところが好きで、どういうふうに遊び、学んでいるかについて、比喩的なイディオムを散りばめて書いた。電話をかけてきた審査員は大学の教授で、私の書いたことが言語学の分野だと教えてくれた。彼としてはどうしても私の作品を1位にしたかったのに、叶わなかったから、せめてもの励ましにと電話してくれたようだった。

    「高校生らしいってなんだろう」と思いながら、後日、受賞作がまとめられた冊子を読んだ。いろんな部門の、1位の作品が掲載されている。英文エッセイの高校生部門では、「留学に行って視野が広がった。この経験を活かして社会にとって有益な人になりたい」といった主旨の文章が1位だった。なるほどなるほど。つまらんな。大人たちが好みそうな、優等生像がそこにあった。こういうのをたくさん送る人がいる中で、無邪気な言葉への愛を爆発させた文章に引きつけられ、推す大人がいても不思議ではなかった。不思議ではなかったけれども、そんな大人は絶対に数が少ないと思った。歴史あるコンクールの威厳ある1位には、私の作品はふさわしくない。

    私は今、文章を書いて誰に褒められたいのか。それはあのとき「つまらん」と吐き捨てた自分である。彼女が「いいじゃん」と言う文章を書きたい。そして夫。もし私たちが同級生で、同じクラスの友だちだったら、彼は一緒に「つまらん」と言っていただろう人だ。私が何を大切にしているか知っていて、私がうまく表現できるとよろこぶ。ふたりに褒められたくて、私は書いている。

  • 駆け込み乗車の代わりに

    昔、足首をひねって骨折したから、道では、特に階段では急がない。駆け込み乗車もしない。出発した電車を見送って、次の電車が来るまで列の先頭で待つのが好きだ。遮音性の高いイヤフォンをつける。音楽はかけない。すーっと自分に潜る感じがする。

    その日はICカードのチャージ機が混んでいた。余裕で乗れるはずだった電車に乗れないと、ホームへの階段の途中であきらめた。階段をもう少しで上りきれそうだったとき、私の横を若いスーツの男性が通り過ぎ、発車する電車にすべり込んだ。それと同じタイミングで、中年くらいの女性が電車に背を向けて、ホームのベンチにゆっくりと腰かけるのを見た。彼女も彼のように走れば乗れたはずだった。私が「さては慌てていて骨折した経験があるのでは」と邪推しているうちに、彼女はかばんから毛糸と針を取り出した。私は少し離れたベンチに座って、太陽の光がまぶしいふりをしてうつむき、彼女の様子をうかがった。編みものが始まった。冬の正午、各駅停車の電車しか止まらない閑散とした駅で、太陽の光を受けて。美しくて見とれた。駆け込み乗車をしないところから特別な気がした。リズミカルに編む手つきも、編みぐあいを確認するために少し引いて見る仕草も、編みものに夢中になっているうちに緩んだマフラーを巻きなおすところも、きれいだった。

    あの風景をいつでも思い出せるようにここに書いておく。

  • 鶏肉とキャベツのビール煮込み

    鶏肉とキャベツのビール煮込みを作った。からあげ大くらいに切った鶏もも2枚をフライパンで焼く。そのあいだに、鍋に油とにんにく、薄切り玉ねぎ2個分を入れて炒める。玉ねぎが飴色になったら、鶏ももを入れ、ビール500mlも加え、40分、ふたをせずに弱火で煮込む。キャベツのざく切り1/4~1/2ぶんを追加し、10分煮込む。塩こしょうで調味し、チーズを振ってできあがり。材料を鍋にほいほい放り込み、調味料の細かい計量もせず、ただビールと煮込むだけ。これで勝手においしくなるのですばらしい。

    食卓に出すと、夫が「よし。ぼくはいっぱい食べるぞ」と言いたげな顔をしていた。椅子の背もたれを使わず、すっくと姿勢よく座っている。発酵がいまいちゆえにしっかりめに焼いたコーンパンと、いつもよりいいワインをセット。

    お肉はビールの炭酸のおかげでほろほろしている。アルコールが飛んだスープは香ばしくておいしい。私がゆっくり食べながら「キリンビールにしたけど、マルエフもよさそう」と思っているあいだに、夫は手を止めずに食べ、スープを飲む。ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくずごー。ワインも飲もうぜ。雰囲気のいい会話とかしようぜ。

    「おなかいっぱい。あとは明日の朝ごはんにとっとこう」と言うので鍋を見たら、ひとりぶんしか残っていなかった。「ぼくがすくすく育つのが、紺ちゃんのうれしいことだよね」と言うような、きらきらした瞳。たしかにそう思っているし、どんな量であれ譲るつもりでいたのだけど、先を越されると何かふつふつと沸きあがるものが。