Writings

New Essays Every Monday

  • apple-polish
    直訳:りんごを磨く
    意味:ごまをする

    spread the butter thick
    直訳:バターをたっぷり(厚く)塗る
    意味:やたらとほめる、おべっかを言う

    「海外のものだから無条件におしゃれ」と思うことはないけれど、こびへつらいに関しては英語がおしゃれだ。
    日本語はごま、フランス語は乾燥インゲン豆。
    成績を上げてほしくて先生のためにりんごを磨く生徒とか、買ってほしいものがあって朝食のトーストに気合いを入れる人などを想像する。

    以前、海外のMOOCsで勉強した。
    MOOCsは、世界の大学の授業に参加できるプラットフォーム。
    夫がソフトウェアエンジニアなので、何が彼の考え方の基礎なのか、世界をどう見ているのかを少しでも知りたくて、プログラミングを選んだ。
    アメリカとフランスの大学が共同で作った授業で、ある年の最優秀授業賞をとっていたものである。

    プログラミングの初歩の初歩は、本当に簡単な問題しか出てこない。
    コンピューターに”Hello”と表示させましょうとか、1+1を計算させましょうとか。
    レベルが上がって、驚いた問題がこれ:
    「これから森で9マイルのハイキングをします。1マイルごとにヘーゼルナッツを3つ拾います。1マイルごとに合計でいくつヘーゼルナッツをもっているか、表示させましょう」

    森でハイキング!
    ヘーゼルナッツ!!
    日本なら、せいぜい太郎と花子が背景設定なしに、りんごとみかんとぶどうをなんちゃらする世界。

    私はこの先生たちに、バターたっぷりのアップルパイを焼きたい。
    こういう先生たちは、ぞんぶんにほめられて、ずっといい気分でいてほしい。

  • 10月2日(月)
    北海道産の大きな筋子が手に入ったので、いくらの醤油漬けを仕込んだ。水の中で卵をぽろぽろと皮からはずしていく作業、何回も水を換えて綺麗にしていく作業が好きだ。静かに没頭できる。自分の心の中のがれきも、こんなふうに取り除けたらいいのに。調味料につけてから冷蔵庫に入れ、一晩置く。明日瓶詰めできるように、瓶を煮沸消毒して乾かしておいた。

    10月3日(火)
    「クリミナル・マインド」を今夜も1話、リスニング。TOEICはビジネス用途が目的で、人が死ぬような問題は出題されない。「クリミナル・マインド」には英検1級の単語帳で覚えた言葉がもりもり出てくる。英検では事件が起こるんだろうか。ドラマで好きな俳優が出てきてときめくように、覚えた言葉が出てくるとときめく。そして話の文脈を聞き逃して巻き戻す。「実際に使われてるんだ-!」とはしゃぐ。

    10月4日(水)
    世界史の本を1冊読み終えて疲れた。人々がずーっと戦っている。それはもちろん強欲のためだったことも、抵抗や反撃だったことも含まれているんだけど、そしてその狭間で発明や新しい考え方が生まれたことも事実なんだけど、主に戦い・侵略・人権の剥奪の歴史なので、気が滅入った。戦争が他国でなされていること、日本も近隣国と緊張状態にあることから、戦いが現在進行形なのもつらい。次は山川の図録で学ぶ予定(オールカラー数百ページで税込990円だったのがすごい。さすが教科書の会社)。

    10月5日(木)
    たぶんずっと仕事と勉強をしていた。記憶がないけれど、ノートには記録がある。

    10月6日(金)
    年1の健康診断。子宮頸がん検診と乳がん検診をオプションで申し込み。補助が出る対象年齢ではないので、結構高い。マンモグラフィはあいかわらず痛い。痛すぎて、機械が離れた瞬間に笑ってしまう。放射線技師の女性が柔軟な人で、私が笑ったら一緒に笑ってくれた。そのまま和やかに終わるかと思いきや、4枚のうち1枚、撮影に失敗したらしく、リトライになった。「とかなんとか言ってあと10枚なんてはめになったら恨みますよ」と冗談っぽく言ったら、ちゃんと成功させてくれた。よかった。ほんとに痛いんだ、あれ。

    10月7日(土)
    夫がスーツをクリーニングに出したいと言う。ひいきにしていた、会社近くのクリーニング店がつぶれてしまって、家の近所の新しいところに行かなければならない。新しいお店にひとりで行くのは勇気が必要な人である。ウェブサイトの価格表を見て、「ねえ、高いよ」と言う。普段のワイシャツのクリーニングを私に業務委託している分、お金は浮いているはずである。それに言うほど高くない。お金のことをうんちゃらかんちゃら言うときは、「ぼくは新しいところに行くのが不安」と解釈してよい。「よし。私が一緒に行ってやる。帰りにローソンでからあげくんを買ってやろう。どうだ」と言ったら、「うーんうーんうーん……ほんと?」と返してきて行くことに決まった。薄暗くなった時間帯、お店は白く輝いていた。スタッフのおばさまもテキパキしていて、信頼できそう。即日で仕上がるのも希望通り。店を出ると、彼は「ぼくは自分のスーツをクリーニングに出した。えへん」と誇らしげな顔をした。いつもこんなんである。

    10月8日(日)
    明朝、手術の1ヵ月検診でそわそわする。先生が威圧的で怖い。看護師がそれをわかっていて都度フォローしてくるという構図自体に結構疲れている。明日が終わったら、他の先生に交代してもらえる。あと少し。

  • お昼にレタス巻きを食べるため、夫とスーパーへ買い出しに行った。レタス巻きは大分や宮崎あたりの言葉で、本州で言うサラダ巻きのことである。レタス、かにかま、たまご、きゅうり、マヨネーズの巻き寿司。昆布を浸したお米を炊いて、酢飯にして、冷まして、その間に材料を切る。海苔に酢飯と具材をのせ、ぎゅっと力を入れながら巻く。縦に細く4等分したきゅうりの、緑の皮の曲線が、海苔と同じカーブを描くと成功。今日は4本中3本がうまくいった。

    レタス巻きは母が作っていた料理である。縁を切っていて、母とも呼びたくない関係。彼女が私に作った料理を私も作ることに、長いこと抵抗があった。作ると、食べると、嫌な記憶がフラッシュバックしそうで怖かった。

    でもある日気づいた。味付けがマヨネーズだけなのだ。彼女独自の料理というにはベーシックすぎる。たぶんこのレシピで作っている人、たくさんいる。それで気が変わった。私のアレンジを加えたら、もう彼女のとは関係ない。

    私のレタス巻きは、名鉄百貨店で売られている新鮮な海苔を使う。寿司酢は岐阜の内堀醸造のもの。かにかまは、安くてけばけばしい色のじゃなくて、薄い色で本物の蟹を模した「大人のカニカマ」。たまごには少しの砂糖とマヨネーズ。お店にあれば、ぷちぷちのとびっこも入れる。そして私がレタス巻きをふるまうのは、いがみ合っている男じゃなくて、私のレタス巻きの歴史を知ったうえで、キラキラの目でたちどころに完食してくれる夫。

    お酢の賞味期限がもうすぐだ。また巻くよ。

  • encapsulate
    意味:カプセルに入れる、要約する、圧縮する、かいつまんで述べる
    語源:接頭語 en-(「~の中に」という動詞を作る働き)+ ラテン語 capusula(「箱」を表すcapsaを小さくしたバージョン) +接尾語 -ate (動詞を作る働き)

    こういう単語のことが大好きだ。
    カプセルをパカッと開けて、薬の粉をギュッと押し込んで閉じる。
    目の前には満たされたカプセルと、余った粉。
    このイメージをもって「要約する」「圧縮する」という意味にするセンスよ。

    新しく出会った単語は、たいてい語源を調べる。
    電子辞書の中の、ジーニアス英和大辞典と、Oxford Dictionary of Englishを使う。
    必ずしもおもしろい語源が出てくる訳ではないので、encapsulateのような単語は、海岸で拾った綺麗な貝殻のように、特別に好きな単語として記憶する。

    展覧会でお披露目される絵画よりも、
    豪華な楽団に演奏される音楽よりも、
    絶景よりも宝石よりも花や月よりも、
    言葉の、意味が生まれたときのこと、
    それが変化しつつ持続していることが、美しいと感じる。
    高校の教室で、恋い焦がれる人の背中を見てうっとりする代わりに、
    電子辞書のブックマークを辿っては、「やっぱりこれは素敵な語源」と感嘆していた。

    カプセルの話を書いていたら、どう成形しているのか気になった。
    ピンに付着させて乾燥させるらしい。

    カプセル製造工程 | カプセル | 製品情報 | Qualicaps クオリカプス株式会社

    見えますか、ひとつひとつのカプセルにラテン語が。

  • 9月25日(月)
    病院以外の予定をすべてキャンセル。疲れを感じるはずなのに感じないときは、センサーがバグっていて、めちゃくちゃ疲れているサイン。昔はこれがわからなくて動き続け、イライラして夫に当たったりしていた。しーんと静かに見えていた人がいきなり爆発するなんて、いい迷惑である。今の私はここで止まれる。関係者との連絡を終えて、椅子に深く座り込んだとき、ぶわーっと肩の荷が下りる感覚があった。

    9月26日(火)
    メンクリ。通っているのは、3分診療ではなく、先生との時間が1時間とってもらえるクリニック。今日は「Spotifyの速度調節機能がいいんですよー」という話をした。先生が「何それ、教えて。アドレス送って」と食いつく。「先生愛用のNetflixにも同じ機能がありますよ、ほら」と、スマホのアプリを見せながら話した。これは診察?と思うけれど、定期的に会って、調子のいいときは気軽に話し、悪いときは相談できるのが心強い。その足で矯正歯科へ。隣で1歳過ぎらしい男の子が泣きわめいていた。「あの歳でも矯正できるんですか」と歯科衛生士さんに尋ねたら、「矯正してるのはお母さんのほうです。あの子はお母さんのお腹に乗ってるだけです」と教えてくれた。男の子は、お母さんとの接触面積が減っただけで、この世の終わりかのように泣く。スタッフさんは周りで笑ったり、雑談したりしている。カオスっぷりがおもしろくて、衛生士さんとふたりで笑った。

    9月27日(水)
    片付けの日。手術から帰宅後、ほったらかしにしていたスーツケースの荷を解く。秋冬用のシーツを洗って干す。家じゅうに掃除機をかける。お役所系の郵送物を確認済みボックスに移す。ハンディクイックルワイパーでほこりをとる。ひととおり終えた3時頃、ファミリーマートへ。スイートポテトクレープ、鶏の軟骨唐揚げ、ビールを買う。まずはクレープを食べた。ほんとはクレープアイスがよかったんだけど、なかったので仕方ない。クレープを食べるの、いつぶりかな。それから唐揚げを電子レンジのグリル機能でカリッとさせる。ビールと一緒に台所で食べる。ゆずが入っていて驚いた。ほろよいな感じで、野菜の下ごしらえ、アイロンがけを済ませた。

    9月28日(木)
    名駅の高島屋へ。食材を買ってレジエリアに行ったら、今ついたばかりなのに、他の人は並んでいないのに、空いたレジに客を通す係の人に「お待たせして申し訳ありません」と謝られた。ほんの数秒で奥のレジが空き、歩き始めたところ、「ご足労おかけして申し訳ありません」と言われた。手前のレジでも奥のレジでも、買ったものを袋に入れるエリアまではどのみち歩かねばならず、変わらないのに。袋詰めを終えて、別コーナーの、デザートビネガー売り場に行った。年配の女性がレジにいる。お酢を見ていたら、丁寧な口調で試飲を勧められた。「飲んだことがあるので味は知っています。大丈夫です。念のため飲み方の確認なんですけど、はちみつを入れて割らなくても大丈夫でしたよね」と言ったら、気さくな口調に変わった。お会計で謝られる。「賞味期限は2024年の2月までなの。ごめんね」「ポイントカードは持ってる?あ、そう、持ってない。ごめんね、一応訊かないといけなくて」「ちょっと重いけど大丈夫かしら。その袋に入る?ごめんね」。何度も些細なことで謝られ、なんだか楽しくなった。フロア総出のコントかと思った。

    9月29日(金)
    旺文社の『でる順パス単 英検1級 5訂版』を覚えきったので、mikanというアプリでテスト。休憩を挟みながら1日中やった。「完璧に覚えた」が100パーセントに至った。2年前に買って、うまく頭に入らなくて、今年になって勉強法を変えた。やり方って大事。次は4訂版に行く。実は最新の本よりも、昔のバージョンのほうが難しめ。5訂版の地固めをしつつ、新しいものを覚えていく作戦。

    9月30日(土)
    National Theatre Live at homeというサービスのサブスクを始めた。イギリスのナショナル・シアターで上演された舞台を、世界中のどこからでも観れるサービス。字幕が英語だけなので、「私の英語力で理解できるだろうか」と悩んで躊躇していたところ、夫に背中を押された次第。おそるおそる「フランケンシュタイン」を観た。ベネディクト・カンバーバッチが怪物役のバージョン。原作は読んだことがあって、あらすじは頭に入っている。フランケンシュタイン博士に作られた生き物が、生まれて、生の喜びを体感するところから、怪物だと忌み嫌われるところ、言葉を覚えるところ、欲望をもつところ、復讐に走るところまで、原作を少し取捨選択しながら構成されている。英語が理解できた。聞き取れた! 生き物が盲目の老人に教わって言葉を覚えていく姿に自分を重ねた。私の英語学習の目的は、海外の文芸作品、演劇作品を理解して、人生を豊かなものにすること。今年はそれが叶い始めていて嬉しい。

    10月1日(日)
    今月から、バレットジャーナルを新しいフォーマットにした。製造業にいたときのくせで、あらかじめしっかり仕組みを設計しておいたうえで、あとは自動で動くようにする、みたいなことは好きだ。私はタスクを書いたノートを閉じると、何をすべきかさっぱり忘れてしまう。そしてそういう性質であることを忘れやすく、「なんで今日はこんなにやる気がないんだろう」とか落ち込み始める。ノートを開きさえすれば、やることは書いてあるのに。今月からはタスクをもっと細分化して、自分が反射的に動けるようにした。うまくいくかはわからないけれど、うまくいかなければまた改善すればいい。

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