Writings

New Essays Every Monday

  • 10月23日(月)
    待ちに待った新米が届いた。山形の農場からいつも10kg取り寄せている。配達してくれるヤマトさんは、どの人も、手渡すときに「重いですからね」とひと言くれる。重いけど、この重さぶん幸せなのだよと思いながら台所に運ぶ。とはいえ、体調がうっすら悪くて、早速食べようという気分にはなれない。

    10月24日(火)
    メンクリと矯正歯科の日。環状の地下鉄、名城線のちょうど反対側に位置する病院。鶴舞線や東山線で横断すればすぐにはしごできるのだけど、ゆっくり時間をかけて半円を移動するのが好き。メンタルも歯も特に困ったことはないので、気楽に受診したし、診察や処置もスムーズだった。だから体への負荷は少ないはずなのに、なんとなくだるくて、軽い吐き気もした。内臓の不調から来るだろう私の体調不良のパターンはいくつかあるけれど、そのどれにも当てはまらなかったので、一度家に帰ったものの、内科にも行った。触診とCTの様子から、「ちょっとここ危ういね」と言われた。おニューの病気ポイントだ。そのまま採血。「紺ちゃん、寝て採ったほうがいいよね」となじみの看護師さんに言われる。「最近、起きててもだいじょうぶです!大人になりました」と返したら、奥にいた看護師さんと一緒に笑われた。血液検査の結果は明朝。

    10月25日(水)
    血液検査の結果は問題なし。土曜に来る消化器専門の先生がエコー検査をし、最終的に判断することに。今日追加で教えてもらった危ういところが婦人科系だったので、内科を出た足で婦人科にも行く。エコーを受け、「婦人科的にはまったく問題ないわよ!」と太鼓判を押されて一安心。これで問題点はひとつに。いまいち食欲がなく、ゆえに集中力もなく、勉強と読書も進まず。編みものでもやるか、という気持ちになって図案や糸を見ていたけれど、「健康じゃないと着る機会ないじゃん」としょんぼりして終わった。

    10月26日(木)
    夫は出張のことを遠足と言う。チームで遠足に行っていて帰りが遅い。夕飯を買いに出かけた。疲れているのか体調が悪いのかわからない感じ。とぼとぼ歩く。まだ5時なのに真っ暗で驚いた。SpotifyのシャッフルでGLAYのHOWEVERが流れて、聞きながら「何が『しかしながら』なんだろう」と考えていた。恋が実った、しかしながら、出会うのが遅すぎた。出会うのが遅すぎた、しかしながら、恋は実った。うーん。土曜日の診察、なんともないといいな。夕飯のパン、チーズ、トマト、いちごのトライフルを食べて、地味な経費処理をだらだらやっていたら彼が帰ってきた。

    10月27日(金)
    休み。昼過ぎにルセラフィムのカムバック。初めてのフル英語の曲。聞いていて直感的に理解できるのは嬉しい。洋書を買いたいときに、今まではAmazon傘下になったBookdepositoryを使っていたのだけど、会社がなくなってしまった。Amazonの機能の中に吸収されたのか。Amazon Japanは、本を日本で印刷するサービスを強化している。なので、今まで1ヶ月くらいかかっていたところが、本によっては翌日に届く。先日使ってみて、便利だった。便利だったんだけど、異国のものを取り寄せるわくわく感がなかった。そんなに冊数を読めるわけじゃないし、今度は海外に実店舗がある本屋さんから買ってみようと思い立つ。パリのシェイクスピア&カンパニーでは、絶対いつか買いものしたい。アメリカのパウエルズも。全部をAmazonありきで考えなくてもいいんだよな。

    10月28日(土)
    朝一で病院。エコーをふまえて総合的に判断した結果、少し炎症を起こしていたんでしょう、と言われた。頻繁に通院して治療する感じでもなさそう。一旦家に帰る。昼食の太麺豚骨ラーメンを食べたあと、しばらくして、夫が名駅の美容院に行くことになっているのを思い出す。ネットで確認したら、彼の次の枠が空いていた。気分転換したい。うんざりした時間を共にした髪を切りたい。電話で予約して、私も名駅に行くことに。ていねいなメイクをして、お気に入りの赤リップをぽんぽんとつけた。美容師さんと久しぶりに話して、しばらくぶりのショートボブにしてもらって、気持ちが上がった。戻るぞ、日常に。

    10月29日(日)
    以前エントリーしていた賞の受賞者が発表されていて、作品を読んだ。「求められるレベルに至れなかった、精進しよう」というよりは、「目指すものが違うので、落ちてよかった」と思った。とはいえ、今読み返すと、書き直したいところは出てきたけれど。書いた作品をきっかけに多くの人とコミュニケーションできただけで、大きな収穫だった。腕を磨いて、まとめて、自分で出版してみたいなーとぼんやり考え始めた。

  • 夕方、コンビニでビールを買った帰りに夫が言った。
    文学的な響きにドキッとして、続く言葉を待った。
    「車を運転する人からは、いちばん人が見えにくくなる時間帯なんだよ」
    「日中は見える。暗くなれば気をつける。薄暗い時間帯が危ない」
    ああなるほど、そっか、それで透明人間ね。
    期待してたのと違った。

    空が暗くなった。
    彼はスマホをぶんぶんと振って、懐中電灯を起動した。
    私たちの足もとを照らしてくれる。
    ぶんぶんで起動するなんてすごい、と言ったら、いかにそのスマホがすごいかを話し始めた。
    左手にはスーパーで買い込んだ荷物を持ったまま。

    私はあまり、文章単位で美しいと思うとか、ノートに記録しておくことをしない。
    誰が誰に対して、どういう文脈で伝えたかが重要で、部分的な切り取りに意味を感じない。
    今日私に話そうと思ってくれたこと、話してくれたこと、照らしてくれたこと、荷物を持ってくれたこと、全部をまとめて記憶した。

    君といると、世界に彩りが生まれる気がするよ。
    銀色のラメのマニキュアみたいに、キラキラしてる。
    そう言ったら、「ぼくの好みの色じゃない」とかなんとか返してきて、つくづく、ムードのある会話が成り立たないなと思った。

  • have a finger in every pie
    直訳:どのパイにも手をつける
    意味:あちこちに手を出す、いろいろなことに首を突っ込む

    この表現を初めて見たとき、「わかるー」と思った。
    たくさんパイがあったら、全部ちょっとずつ味見したくなるよね。

    近年の私はいろいろなことを学んでいる。
    自営業しながら英文科の2年生をやってるみたいなスケジュールだ。
    後期の履修科目はこちら:

    英米文学史、英語史、現代アメリカ文学(ミルハウザー)、現代アメリカ文化(スター・トレック)、戯曲(ナショナル・シアター・アット・ホーム)、英語インテンシブクラス、フランス史、フランス文学(ルネサンス、渡辺一夫)、世界文学

    フランス史は修了。英文学史と英語史は昔学んだので、復習としておもしろい本を読む。ミルハウザーは月2でアメリカ人の先生による個人レッスンを継続。スタートレックは英語で全編見て、パトリック・スチュワートの自伝も読む。戯曲は月に2本くらい。英語はそろそろ英検1級の単語帳が終わるので、一度試験を受けてみたいところ。フランス文学と世界文学は全集があり、それを少しずつ読みたい。

    これに加えて、週3本のブログ投稿。大学のレポートを書くような気持ち。

    勉強の管理はバレットジャーナルでしている。タスクが多くて忘れやすいので、ハビットトラッカー形式に。10月から使い始めたものが思いのほか機能している。毎日勉強しなければならないという強迫観念はないけれど、チェックを入れられるとうれしい。

    一方で、そういうことから離れた趣味もやりたくて、来月から編みものを再開することにした。英文の編み図で作れるようになりたい。表記がやや独特で、最初は英語の勉強そのものな気がするけれど、まあ慣れたら気楽になるでしょう。

  • 10月16日(月)
    食後しばらくして、お風呂に入る前。夫の部屋に遊びに行ったら、仕事かばんの横にスタバの紙袋が置いてあった。袋の口が壁のほうを向いていて、中身が見えない。「え、何これ。スタバに行ったの?」と聞いたら、「開けてごらん」と言う。彼の職場から最寄りのスタバに行くには、自宅とは逆方面にひと駅、電車に乗らなければいけない。普段から、いくら私のためにと言っても、そのためだけに交通費や労力を使いたがらない人である。おみやげといえば、帰り道の途中にあるスーパーで買うアイスのピノである。私を甘やかさない方針で、ピノがハーゲンダッツになるのはごく、ほんとうにごくたまにである。そんな彼が、私のために、逆方向の電車に乗って、スタバで何か買ってきてくれた。ああ、君もこんなところまで来たんだね、と思いながら開けたら、黒いかたまりだった。彼が「ハードディスクケースだよー。その袋にぴったりなの」と言う。そのまま、ひーひっひっひっと笑う。私はむきーっとなる。ふん。どうせそんなことだろうと思ってたもん。期待してないもん。ふんっ。

    10月17日(火)
    昨夜のスタバロス事件の影響で、栄のスタバに行った。早朝から開いている店舗。朝のピークが過ぎた時間だったらしく、穏やかな雰囲気だった。入り口に「21周年おめでとうございます」と書かれた花束が飾られている。オーダーする前に「おめでとうございます」と言ったら、店員さんの表情がほぐれて、「ありがとうございます」と言われた。店員さんはひっひっひっなんて笑わなくて優しい。そういえば来る途中で、ラシックが18周年だというチラシを見た。栄~久屋大通あたりの街並みは、まだ新しいものなんだな。ラテを飲み終えて、病院に検診へ。少し処置をしてもらった。術後の経過は良好。今日からは激しめの運動をしてもいい。ジムにまた行ける!

    10月18日(水)
    午前中に区役所、帰りにドラッグストア、昼過ぎから夕方までミーティングという日。歩道の横から、窓の外から、キンモクセイの香りが漂ってきていて、「もういいです」となった。香り自体は嫌いじゃないけれど、その状況から不可避なことが好きじゃない。「キンモクセイを打倒するにはどうすればいいかしらん」と考えて、「カレーはこの香りに勝るぞ」と思い至った。きのこと玉ねぎたっぷりのルーにした。部屋の中はカレーの香り。窓を開けてご近所さんにもお届け。X(旧Twitter)ではわりとおとなしめに発信しているけれども、出してないだけで、私の反骨精神はわりと強めである。大学時代のあだ名は「反逆のカリスマ」。ゼミで、先輩の論の破綻を物怖じせず指摘したのが由来。

    10月19日(木)
    週末に久しぶりの文学の授業があるので、その予習。絶対、年初より読めるようになっている。単語はもちろん、文法の特定や英文解釈が速くなっている。TOEICのスコアなんかじゃないんだ。誰に試されるでもない、誰かに証明するでもない、自分で感じる、密やかな成長。今日は10年前に結婚式を挙げた日。ささやかなお祝いとして、夜はポテトグラタンを作った。夫が好きそうな赤ワインを添えた。早々に食べ終えた彼が、私を待つあいだにスマホを開く。友人との食事の席だったらあんまり好きな行為じゃないけれど、彼がやるのは大丈夫。彼は写真フォルダを開いて、さっき食べたものの写真を見るだけだから。今日はポテトグラタンの写真を拡大し、「ぼくはこれを食べた」と「ぼくはこれをまた食べたい」という気持ちを合わせた感じでうっとり見入っていた。もうすぐ彼の誕生日。「何を食べたい?」と聞いたら、「これ。大皿で頼みます」と言われた。高級食材とか、凝った料理を言わないところが彼らしい。

    10月20日(金)
    授業の課題は、25章からなる短編。今日は11~20章を読んだ。夕飯の席で夫に話す。彼は自分で文学作品を読むのは好まないが、私に概要を説明されるのは好き。私は私で、理解したことの整理ができる便利な機会。「こういうことが書いてあったね。それでこうなって、あれが出てきて、なんちゃらかんちゃら」。夫が言う、「つまり・・・・・・まだ何も起こってないってことだね」。私が言う、「そうなんだよ。今のところね。とはいえ、あと5章で何かが起こる気がしないんだよね。いつもそうじゃん、ミルハウザー」。夫は何かが起こる話のほうが好きで、私は起こらなくても大丈夫。

    10月21日(土)
    来週夫が遠足に行くので、そのおやつを買いに行った。遠足というのは出張のことで、おやつというのは先方にお渡しする手土産である。彼がそう呼んでいる。毎日日記を書いていて、しょっちゅう彼が登場するのを、我ながら「どうなん」と思っているのだけど、彼が最重要登場人物だし、私は友達と遊びに行くタイプじゃないので仕方ない。今日も今日とて彼の話である。休日の午後の名駅は混雑するに決まっているので、事前に私がよさそうなお菓子を下調べしておいた。「これ、どうですかねえ」と提案すると、彼は「ほう。いいねえ」と言う。必要な個数を手にしてお会計に行く。店から出て「さあ、夕食を買いに行こう」と言う顔は、まるで独力で手土産を選んだ人みたいである。彼は遠足当日に、手土産の入った袋を後輩に渡す予定。後輩が手土産を先方に渡す。私は夫を手助けする。夫は後輩に花をもたせる。後輩はきっといつか別の後輩に花をもたせると思う。何かほわほわしたもののバトンリレー。

    10月22日(日)
    文学の授業の日。家庭教師の先生に会うのは2ヶ月ぶり。題材はミルハウザーの”The Barnum Museum”。先生はわりとおしゃべり好きで、今日の授業は90分のうち最初の30分をトークで使っていた。私は「このままだと私の質問が解消されない」と心配して、隙を狙って質問を始めた。先生が答えてくれたら、いい具合のところで切って次の質問に行く。それを繰り返していたら、先生が、「紺のおもしろいところは、質問のときに、サクサク進むところなんですよ」と言った。私が「先生のお話はおもしろくて、ずっと聞いていたいんですけど、先生は止めないとずっと話してるので意図的にやっているんですよ」と冗談っぽく言ったら爆笑していた。そのあと「時間が延びても大丈夫です、だから気にしないで」と言っていた。今日は結局3時間で終わった。

  • 無口な予約

    reserved 
    1番目の意味:予約した、とっておいた
    2番目の意味:控えめの、無口な
    単語の作り:動詞reserveの過去分詞の形容詞化
    reserveの語源:ラテン語 reservare(保留する)← re-(後ろに)+ -serve(とっておく)

    Hannah seemed somewhat depressed at the loss of her friend, and for several weeks was more reserved than usual.
     – Steven Milhauser, The Barnum Museum

    少女が友人を失い、しばらくいつもより無口だった、という文章。
    初めて読んだとき、「なぜここで予約!?」となったけれど、辞書に「無口な」とあったので意味はわかった。
    「予約」と「無口」はすぐにはつながらないけれど、reserveの語源を見るとわかる。
    誰か他の人に渡さずに後ろにとっておく「予約」と、言葉を口に出さずに後ろに引っ込めておく「無口」は、抽象度を上げると確かに同じ言葉でいけると納得する。
    ミルハウザーは古い単語をたまに使うので、家庭教師の先生に現代でも普通に使うか確認したら、「使うよー!」とのことだった。
    特に文語でもなく、口語で使う人もいるらしい。

    こういう単語はすばらしい。
    見つけると3日間くらい機嫌良くいられる。

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