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  • Steven Millhauserの、A Haunted House Storyという短編の感想です。2024年2月26日時点で、日本語訳は出ていません。訳は私によるものです。以下、ネタバレを含みますので、受け付けない方は飛ばしてください。

    ハリントン博士の家は、町で噂の心霊スポット。奥さんが突然死してからは引っ越してしまい、長いこと誰も住んでいない。奥さんは自殺したとも、殺されたとも言われている。

    夏。それぞれの進路が決まった高校生の少年たち。夜、ハリントン博士の家で肝試ししてみようという話になる。率先して行ったトムは、戻って来てから話さなくなる。次に主人公が手を挙げる。

    幽霊が出ると散々言われる話の流れのなか、部屋をひとつひとつ確認していく主人公は、次第にハリントン博士の家のことが好きになる。

    in a house I had already come to love.

    既に愛するようになった家で

    Steven Millhauser, ‘A Haunted House Story’, p.125, from “Disruptions”

    部屋のあちこちに残っているもの、たとえば木の机、椅子、ランプ、ふくろうの形の瓶が載った冷蔵庫、麦わら帽子、オルゴール、バイオリン、野球帽をかぶった大きなクマのぬいぐるみを見ていくうちに想像する、かつてのこの家の姿。あたたかい。楽しそう。居心地がいい。こわくない。主人公はこう言う。

    this dark house awakened me, pierced me, with something I hadn’t known I longed for. It occurred to me that only once had I thought of the hanged wife. A death might have happen here, but this was no place of moans and sighs, of eerie whispers. Only people who knew joy could have lived in this house.

    この暗い家は、ぼくが切望していたとは知らなかった何かでぼくを目覚めさせ、突き刺した。ぼくは一度だけ、首を吊った奥さんについて考えたことがあると気づいた。死はこの場所で起こったのかもしれないけれど、ここはうめき声やため息、不気味なささやきが響くところではなかった。喜びを知っている人だけがこの家に住むことができたんだと思う。

    Steven Millhauser, ‘A Haunted House Story’, p.126, from “Disruptions”

    あまり直接的には書かれていないけれど、主人公の家は冷たい。父親は仕事熱心で厳しく、滅多に書斎に入らせない。母親は存在感が薄い。ハリントン博士の家で感じた、楽しい気持ちや、穏やかな気持ちを、主人公は自分の家で感じたことがなかった。主人公とトムはおそらく同じ気持ちを抱いた。幽霊がいるとかいないとかそういうことじゃない。それを他の人と共有できないと思って、トムは黙って町を出たし、主人公も黙った。じきに新しい町で、新しい生活が始まる。ひとつずつインテリアを選び、使い、愛着をもち、人を呼んで一緒に過ごしていくなかで、自分の部屋、自分の家、自分の家族や人生をどんなふうにしていこうかと考える気がする。They will remain haunted by the question of what is peaceful or joyful.

    ミルハウザーの作品は、基本的に大きなことは何も起こらない。でも、指に針をぷちっと刺すような、小さな、確かな痛みをくれる。pierceという単語は、ジーニアス英和大辞典だとひとつめの意味に「先のとがったものが人や物を刺す」とあり、ふたつめの意味に「深く感動させる、心に響く」とある。最新作のDisruptionsという短編集は、正直なところ、昔のテーマの繰り返しが多くてあまり好きじゃないのだけれど、この作品はとても響いた。

  • 採点

    登場人物
    紺:英文科卒。文学を引き続き学ぶため、家庭教師の先生に隔週の授業をお願いしている。
    先生:日本在住のアメリカ人男性。都内の大学で教える。アメリカ文学と日本文学(村上春樹や安部公房など)が好き。

    ふたり、日曜日、朝の11時30分頃、Skypeビデオ通話
    一緒に課題作品を精読する時間もそろそろ終わる

    先生「ここのtalkedは、discussedでもいけるね。In a much-discussed filmとかね」
    紺「先生、映画で思い出しました。今お伝えしないと忘れるのでちょっと脱線します。安部公房の『箱男』が映画化されます」
    先生「ええっ!」
    紺「先生って基本的にメールの返信くださるじゃないですか。映画化に触れたときのメール、特に返信なかったんですよ。それで、『ああ、採点で忙しいんだなあ』と思って。いつかもう一度言わなくちゃって」
    先生「いつ!公開中!?行かなきゃ」

    紺、ウェブ上の記事をSkypeで画面共有
    先生、2回スクリーンショット

    紺「今カンヌ、いやベルリン映画祭にいらっしゃるので、今年のどこかで公開です」
    先生「はっ、『箱男』が招待された映画祭がぼくの誕生日近くにクロージングするってすごいよ。次は日本での公開だよ」
    紺「そういえば、新宿の本屋で安部公房フェアが開催されてるみたいです」
    先生「ぬぁんだって!?」

    紺、Xで見たポストをSkypeで画面共有
    先生、1回スクリーンショット
    先生、自分のスマホを取り出して情報を探す

    紺「紀伊國屋書店新宿本店ですね。ミニ箱男がいますね」
    先生「ああ、『飛ぶ男』の文庫も出たんですか!?行かなきゃ」

    そのまま15分、安部公房談義は続く
    先生、気持ちが落ち着く

    紺「先生、私が大学生なら、今期の成績はどれくらいですか」
    先生「A++」

    To my teacher whose birthday is today. This is a literary photo we shared together. A little bit funny, so precious. I can’t thank you enough. Take goooooood care of yourself:)

  • Amazonで買ったものに不具合があったので、返品のためローソンに行きたいと夫が言った。不安そうなのでついていく。メルカリの発送作業に似ていた。平日なら郵便局でもできる。

    スーパーまでの道、
    私「軽いものなら平日に私がやるよ。スーパーに行く途中で、ほら、あの郵便局Aに行ける」
    夫「ああ、そういえばあそこにあったね」
    私「ジムに行く途中で、郵便局Bにも行けるし、郵便局Cにも行けるよ」
    夫「それってどれくらい大きいの?」
    私「どこも変わんない。大きさ求めるなら、反対方向の郵便局Dでしょ。他は踏んだり蹴ったりだよ」
    夫「ん?」
    私「ん?踏んだり蹴ったり」
    夫「違うよな」
    私「ん?ほ。違う気がする。でもなんだっけ」
    夫「『似たり寄ったり』な。どこ行っても踏んだり蹴ったりって、ひどいぞ」
    と言って笑った。

  • 私の芝生

    友人のウェブサイトと、その友人と始めるポッドキャストのウェブサイトを作っていたら、自分のペンネームのウェブサイトも作りたくなりました。

    なんといっても安いんです。ウェブサイトはドメイン(アドレス)とサーバー代で年間2000~3000円。私がペンネームではてなブログを始めたのは、ちょうど1年前。広告なしにしたくて、月1000円払っていました。それが節約できます。

    ドメインを取るにあたって、今まで下の名前だけだったペンネームに苗字をつけることにしました。実名の苗字は珍しすぎて使えません。いくつかリストアップした中から「川瀬」に決め、夫に伝えました。彼から「かわせー」と呼ばれて、愛着が生まれました。赤ちゃんはこんなふうに、名前という記号と自分を合わせていくのでしょうか。

    ドメインとサーバーの契約は、時間がかかりつつも終わりました。WordPressでのデザインは、いつ何個やっても楽しいです。はてなやnoteではあまりいじれないぶん、自由に設計できる更地は輝いて見えました。これまで書いてきた文章を移し、パソコンとスマホを行き来しながらデザインを細かく修正しました。

    作家のオースティン・クレオンさんが、自分のドメインでブログを始めることを、芝生に例えています。

    The beauty of owning your turf is that you can do whatever you want with it.
    自分の芝生をもつ。やりたいことを何でもできるのが魅力。

    It feels good to reclaim my turf. It feels good to have a spot to think out loud in public where people aren’t spitting and shitting all over the place.
    土地を開拓して芝にするのは気分がいい。人目を気にせずに、独り言を言える場所があるって気持ちいい。そこには、いたるところで唾を吐いたり、汚したりするような人がいないんだ。

    芝生に大の字になって寝転がるように、のびのびと書いていきたいです。はてなブログと同様、また読んでいただけたら嬉しいです。

  • 花の寿命が来たときは、食卓の花瓶から台所のゴミ箱に向かうまでに、「ありがとう」と口に出して言うか、心の中で唱えるかする。命日が週末と重なったときは、夫も行動を共にする。私が「ありがとう」と言い、彼が「ぺこり」と言いながら頭を下げる。

    ある晩、「歯磨き粉がそろそろなくなる」と言われた。「次のやつ、買ってあるよ」と返した。私が見たとき、彼は残った歯磨き粉を出すのにうにょーんと力を振り絞っていた。私の番になって、だめもとでチューブを押してみたら、ぽんっと1回分出てきた。もう1回分はある。たぶん彼は3回分のためにがんばったはずだ。夜遅く、私が新しいのを取り出したり開けたりしなくてもいいように。捨てるのは自分の番になるように。

    ラーメンや冷やし中華など、スープがかかったメニューを食べたあと。私はお皿を持ってシンクに行き、スポンジに洗剤をつける。続くはずの夫が来ない。スポンジを置いて、シンクから死角になっている場所を見ると、彼がスープの残りをにまにましながら飲んでいる。「塩分過多です、だめです」と取り上げるけれど、実はあの「悪いことをしてる顔」は好きだ。

    大きなエンディングを迎えるまでの、小さなエンディングたちの連なり。

©2024 川瀬紺 / Kon Kawase