Writings

New Essays Every Monday

  • 書斎にこだわり始めたのは、自営業になってからだ。
    仕事をしようが、仕事を終えて勉強や読書をしようが、基本的に同じ場所にいるので、長く居心地のよいものを集めようと思った。
    私たち夫婦の価値観では、持ち家を建てることはないので、密やかな、自分だけの城である。

    酒を飲んで暴れる父と、ヒステリックに泣き叫ぶ母がいた家の私の部屋に、はじめは境界がなかった。
    勉強していても寝ていても、彼らは否応なしに入ってきた。
    鍵を閉めていても、コインでこじ開けて入ってくる。
    中学に入って、ホームセンターに行き、追加の鍵を買った。
    コインで開けられなくなると、今度はドンドンと強く扉を叩かれるようになった。
    私の部屋はシェルターだった。

    同棲を始めて借りた今の家は、部屋に鍵がない。
    夫はたまにひょっこり入ってくるし、私も彼の部屋に行くが、「ちょっと今いそがしい」と言えば退散を求めていい。
    あとから「さっきはごめんね」と話す。
    人との暮らしで安心感を得ることに少しずつ慣れていき、好きなものを選びたい欲が出てきた。
    昔は「鍵があればいい」と思っていたのに。
    今や「好きな色味でものを選びたい」と思う。
    私の存在や意志の肯定は、反逆であり、復讐であり、自分で人生をつくる宣誓である。

    物の選びかたは、彼に教わった。
    長く使えるものを選ぶ。
    価格や広告やブランドに惑わされない。
    たとえば、アングルポイズのランプのこと。
    「通常タイプは高いので、LEDのミニタイプにする」と彼に言った。
    彼は「そのタイプは明かりの部分を交換できないよ。長くは使えない」と言った。
    高くても、交換可能なほうを選んだ。
    そういう、長く使えるように厳選したものたちが部屋にたくさんある。

    夜、デスクランプだけつけて、アロマウッドに好きな香りのオイルをたらし、ソファに腰かけてぼーっとするのが好きだ。
    毎日変わらない風景が愛おしい。

  • roll out the red carpet
    直訳:赤いじゅうたんを敷く
    意味:盛大に歓迎する

    いわゆるレッドカーペットのイメージそのままの表現。
    いつか使いたくてストックしているのだけど、歓迎はともかく、盛大に歓迎する財力や体力はないよなとか、万が一、文字通り受け取られて赤いカーペットを期待されたらどうしようと思ってしまう。

    自分で盛大な歓迎をしたことはないものの、受けたことはある。
    新入社員を海外の工場と販売会社に連れて行く研修を立ち上げるため、宿泊先のホテルに打ち合わせに行ったときのこと。
    その年の研修先はタイ。
    どこの国に行こうと、出張者が泊まるのは治安やアクセスなどの点から、グレードの高いホテルであることが多い。
    グレードの高いホテルの部屋は、小さいと呼ばれる部屋でも、日本のスイートみたいな広い部屋である。
    そのホテルに60人が数日間泊まる、つまり決して小さくはないお客さまとみなされて、盛大に接待された。
    赤いカーペットを敷いてもらった。
    VIP用の部屋に通されて、上質な食事をいただいた。
    私はただ打ち合わせに来た入社3年目の若造。
    接待してもらわなくてもそのホテルしか選択肢がなかったし、現地からすれば高額でも会社の予算と考えれば大きくなかったし、気になさらなくてよかったのに。
    盛大な歓迎は、受けるほうもたいへんだ。

    ちなみに、研修時の60人分の宿泊代は、私のコーポレートカードで支払った。
    その際、メールアドレスを提出する必要があった。
    うっかりプライベートのGmailをお伝えしてしまい、私には退社した今でも定期的に、超VIP向けのメールが来る。

  • 折れそうな人だった。スーツは肩からずり落ちそうで、かばんを持つ手はもげそうだった。めがねが光る、4つ年上の人。私は新人研修で、「同期全員と話す運動」に取り組んだ。文系は6人、理系は60人。製造業で働く以上、技術者との関わりは欠かせない。全員の自己紹介文がまとめられた冊子を握りしめ、ひとりひとりに声をかけた。彼とは愛読書が同じだった。『ソフィーの世界』。私から話しかけた礼なのか、お返しに褒め言葉をくれた。「あなたは、研修中の物理的な姿勢がいいですね」

    文系は理系よりも早く配属された。私は人事部の人材育成課に入った。新人研修を担当する先輩につき、技術系の研修を見学した。すでに仲良くなっていたエンジニアの同期いわく、めがねの彼が書くソースコードは美しいらしい。賢くて、技術力はありそう。でも体重はなさそう。そこにいるのにいないような、飛んでいきそうな人に見えた。

    研修の最終日、私の仕事は彼を配属先に連れて行くことだった。その部門の新人は彼だけ。夏前、20分の道。ばきばきに緊張している彼をほぐそうとして、私は携帯の待ち受けを見せた。ゆるりとくつろぐリラックマ。

    古本屋に行ったり、公園でフィルムカメラの使い方を習ったりするような時間を過ごして、私たちはつきあうようになった。彼は恋文を打つのに苦労する。ようやく送信ボタンを押して、息をつく。返信が瞬時に届く。「困ります。あなたのことを考えて1日が終わります」

    人前でごはんを食べられない人だった。会社で昼食をとらない。デートでは私にもりもり食べさせて、その様子をにっこり見守る。かろうじてお茶とお酒は飲む。大学時代、最初の3年間はお昼抜きだったと言う。研究室に入ってからの3年間は、毎日キョロちゃんのピーナッツ味を2箱食べていた。昼食を忘れた人には、1箱差し出していた。集まりすぎる金と銀のくちばしも、研究室の人に惜しみなくあげていた。

    食事のときだけではない、人に対しての硬さ。自分から消えてしまおうとでもするかのような体重のなさ。新米の人事なりに、彼の、キャリアのどこかで折れてしまいそうな感じを心配した。とはいえ他人だ。変化を強いてはいけない。

    彼の家で手料理を作ったとき、彼は少しだけ食べた。鶏めしを見つめて「おいしい」と言った。顔を上げて満面の笑みを見せた。食べられるようになりたいんだな。私にできることを、だめもとでやろう。外食は個室を選ぶ。なじみの店を作る。料理を小さく分けて、「食べてみる?」とたずねる。食べられても喜びすぎない。食べられなくても残念がらない。平静でいる。私は私のごはんを気にせず食べる。

    彼はたぶん、とても勇気を出したり、努力したりしたはずだ。ゆっくりと、一緒に食べられるものや量が増えた。私は私で、食事の記録をつけていた。卵は完全に火を通したものがいい。牛乳と生クリームを使った料理は食べられないけど、チーズはいける。麺と赤身が好き。固形物は食べやすい。魚は臭みに注意。酔うと食べられる量が増える。小盛りの手料理を完食するようになったころ、私は彼が私に慣れたように、いつか他の人に対しても、「この人といても大丈夫」と感じられることが増えるといいと思った。それからは、いろいろな食べものをすすめた。

    まずは熊。リラックマはゆるさの先生だ。ローソンでシールを集めたらリラックマのお皿をもらえるキャンペーンがあり、彼に協力を求めた。私は「ローソンで買いものしたとき、シールがついてたらちょうだい」くらいの意味で言ったのに、彼は恋人のためと本気になった。ローソンに通いつめ、いちばんコスパのいいサンドイッチを買い、会社で食べるようになった。彼が昼食をとっていないことに気づいていた上司は嬉しかったのだろう、シール集めを手伝ってくれた。気づけば彼もすっかりリラックマ好きになっていた。ある日、東急ハンズでぬいぐるみを買ってきて、「これ、ぼくの」と宣言した。

    11月の誕生日には、メッセージプレートとキャンドルつきのホールケーキを贈った。つーっと涙を流して食べていた。彼が「クリスマスイブにレストランに行こう」と言った。このころには、私となら店で食事できるようになっていた。私は「イタリアンがいい」と言った。「予約できた!」とメールが来た。12月24日、彼が得意げに連れて行ってくれたのは、イタリアンを出すガールズバーだった。人との食事が苦手な人だ、ホットペッパーを使いこなせなくて当然だ。私は年内こそぷりぷり怒っていたものの、年が明けると思い出し笑いでいそがしかった。帰らずに入ればよかったな。ふたりのあいだに、何が起きてもおもしろがる空気が生まれた。

    次に、プロの技を食べてもらった。一緒に過ごす中、ちらちら出てくるかわいさ。これを持ち前の賢さや実直さと同じくらいのレベルまで高められたら最強では。かわいさは、やわらかさ、ユーモア、楽しむ姿勢、人に心をひらくことを含む。最寄りの理容室しか経験のない彼に、私の行きつけの美容室を紹介した。美容師さんは彼と同い年の男性である。彼は案内された席に座るなり、「『かわいくしてください』と言えと言われて来ました」と言った。美容師さんは仰天した。切りながら悩む。結果、くせ毛を活かしたマッシュショート、外国の少年風になった。とびきり似合っていた。内面のかわいさがうまく引き出されていた。私が目の色を変えて褒めたことに味をしめ、彼はその美容室に通うようになる。美容師さんは探究心が強い。かわいさについて私と議論し、考えを練り、彼の髪で表現する。通い始めて数ヶ月経ったころ、カットの翌日、彼は同僚に「あれ? なんかかわいくなった?」と言われた。数年ぶりに会った親戚からも同じことを言われた。美容室で順番待ちの見知らぬ人には驚かれた。声を聞くまで、女性に見えていたらしい。私と美容師さんが第三者評価にはしゃぎ、彼はドヤ顔で自分のポテンシャルを誇る。婚約のタイミングでは、オーダーメイドのスーツを作れるチケットをプレゼントした。かっこよさはかっこよさで強化し、かわいさとのバランスをとる。髪と同じく、「服なんてどうでもいいや」と閉じていた心をひらいてもらった。体に合ったスーツは、見るからに違う。プロと関わることで、かわいさとかっこよさに磨きがかかっていった。

    彼はLINEのスタンプも食べた。もともとガラケー派だったけれど、スタンプコミュニケーションを気に入り、スマホ共々使うようになった。そしてLINE以外の場面で、スタンプみたいな言動をするようになった。たとえば、「じーっ」「えーん」「キリッ」「ぐっ!」「わくわく」「がるるー」「おおー」「イエーイ」「ぺこり」「ガーン」「えっ……」「えへん」と戯画的に言う。わざとうるうるの瞳で見つめてきたり、深刻な表情で落ちこんだり、ドアの隙間からひょっこり顔を出したり、ほっぺたをむうと膨らませてすねたりする。主に、無料でダウンロードできる楽天のパンダと、私が好んで使うねこぺんのトレースである。気の利いた返しや、スタンプの組み合わせ開発にも熱心。経験を積みすぎて、「今日、上司に『しょぼーん』って言いそうになった」と笑う日もあった。スタンプは、彼のユーモラスな性格の養分になった。

    入籍後、農園でのアウトドアウェディングをDIYした。「初めての共同作業は、結婚式の準備にしよう。ケーキ入刀じゃない」。コンセプトからバスの手配まで、ふたりで意味を確認しながら作った。私はディレクション、取引先探し、ウェブサイトデザイン、パンフレットデザイン、材料調達、装飾・小物の制作を担当した。彼は写真、ウェブサイト実装、計算系、布裁断系、印刷、運搬を受けもった。衣装や料理、空間デザイン、音楽、当日の撮影は専門家に頼んだ。一般的なファーストバイトは、新郎が「食べものに困らせない」、新婦が「おいしい料理を作る」という意味を込めてケーキを食べさせあう。新婦は大きなスプーンを使う。私たちは「一緒に食いぶちを稼ぐ。料理も一緒に作る」という意味に変えた。日常的に食べているお米と直径1メートルの鍋で、特大のパエリアを作ってもらった。満月の下、普通サイズのスプーンで、ひとさじずつ相手の口に運んだ。

    先日、ピザパーティーをした。「できたよー」と呼ぶと、彼はるんるんでリビングに現れた。マルゲリータにまっしぐら。お酒を飲むスピードに対して、ピザを食べるスピードが速すぎる。自分のぶんを食べ終え、私のぶんを物欲しそうに見つめる始末。ふたりで2枚目を焼いた。マヨネーズ、しらす、青のりのピザ。これも早々になくなった。食後、彼はベッドに寝転がった。好物とお酒で腹を満たし、ご機嫌である。私が隣に座ったら、待ってましたとばかりに抱きついてきて、そのまま寝落ちした。身動きがとれない。我が家には「こてね」と「ぽてね」という言葉がある。「こてね」は、仕事がうまくいった、楽しいことがあったなどで精神的に満たされている、ほどよい身体的疲労がある、おいしいごはんを食べる、お酒を一定量以上飲む、という条件がそろった上で、お風呂に入る前にこてんと寝てしまうこと。ぎりぎりまで「お風呂には入るよ」「横になってるだけで眠ってない」とつぶやき続け、最終的には嘘をつく。ふくふくの存在感に免じて、ごくまれになら許される行為だ。「こてんね」からの音変化。「ぽてね」は、彼が山盛りのポテトサラダを食べたあと、「こてね」に至ること。ポテトサラダはカロリーが高いので、「『こてね』しない」と約束して出すことが多く、「こてね」と違って重罪である。ピザはカロリーがそこそこあり、「ぽてね」と同罪の「ぴざね」を作ろうと思ったけれど、「こてね」判定にしておいた。彼は時折目を覚まし、ふざけて「すぴー」と言った。尊い。

    出会ったころに比べて、彼は肥えた。標準体重になった。かっこよさ、賢さ、実直さ、かわいさ、やわらかさ、ユーモア、好奇心、技術力、仕事の実績、自信が、いいぐあいにまとまっている。昼はお弁当を食べる。私が連日同じメニューで手抜きしても、「ナポリタン・スリーやな!」とシリーズもののように喜ぶ。たまに、会社の人とも食事する。彼が飲み会で遅くなる日、私が「あんまり食べてこんやろな」と夜食を作っておく習慣もなくなった。帰ってくるなり、食べた料理の味や盛り上がった話題を教えてくれる。取引先の人が出張に来るときには、ランチのお店を探すし、手みやげを渡す余裕もある。周りの人と協力しながら、仕事を楽しんでいる。

    昔、「彼が『この人と一緒にいて大丈夫』と思える場面が増えるといい」と願った未来に、私は自分のことを含めていなかった。彼と出会う前からずっと、長く生きるイメージをもてずにいた。しかし、彼が自身を外にひらき、栄養を吸収し、血肉を作っていくそばで、感化されていった。日々を楽しむ意欲、共に生きる決心を得た。結婚して10年が経つ。一緒に「いただきます」と「ごちそうさま」と言う日々を、できるだけ長く続けられますように。

     

  • 10月23日(月)
    待ちに待った新米が届いた。山形の農場からいつも10kg取り寄せている。配達してくれるヤマトさんは、どの人も、手渡すときに「重いですからね」とひと言くれる。重いけど、この重さぶん幸せなのだよと思いながら台所に運ぶ。とはいえ、体調がうっすら悪くて、早速食べようという気分にはなれない。

    10月24日(火)
    メンクリと矯正歯科の日。環状の地下鉄、名城線のちょうど反対側に位置する病院。鶴舞線や東山線で横断すればすぐにはしごできるのだけど、ゆっくり時間をかけて半円を移動するのが好き。メンタルも歯も特に困ったことはないので、気楽に受診したし、診察や処置もスムーズだった。だから体への負荷は少ないはずなのに、なんとなくだるくて、軽い吐き気もした。内臓の不調から来るだろう私の体調不良のパターンはいくつかあるけれど、そのどれにも当てはまらなかったので、一度家に帰ったものの、内科にも行った。触診とCTの様子から、「ちょっとここ危ういね」と言われた。おニューの病気ポイントだ。そのまま採血。「紺ちゃん、寝て採ったほうがいいよね」となじみの看護師さんに言われる。「最近、起きててもだいじょうぶです!大人になりました」と返したら、奥にいた看護師さんと一緒に笑われた。血液検査の結果は明朝。

    10月25日(水)
    血液検査の結果は問題なし。土曜に来る消化器専門の先生がエコー検査をし、最終的に判断することに。今日追加で教えてもらった危ういところが婦人科系だったので、内科を出た足で婦人科にも行く。エコーを受け、「婦人科的にはまったく問題ないわよ!」と太鼓判を押されて一安心。これで問題点はひとつに。いまいち食欲がなく、ゆえに集中力もなく、勉強と読書も進まず。編みものでもやるか、という気持ちになって図案や糸を見ていたけれど、「健康じゃないと着る機会ないじゃん」としょんぼりして終わった。

    10月26日(木)
    夫は出張のことを遠足と言う。チームで遠足に行っていて帰りが遅い。夕飯を買いに出かけた。疲れているのか体調が悪いのかわからない感じ。とぼとぼ歩く。まだ5時なのに真っ暗で驚いた。SpotifyのシャッフルでGLAYのHOWEVERが流れて、聞きながら「何が『しかしながら』なんだろう」と考えていた。恋が実った、しかしながら、出会うのが遅すぎた。出会うのが遅すぎた、しかしながら、恋は実った。うーん。土曜日の診察、なんともないといいな。夕飯のパン、チーズ、トマト、いちごのトライフルを食べて、地味な経費処理をだらだらやっていたら彼が帰ってきた。

    10月27日(金)
    休み。昼過ぎにルセラフィムのカムバック。初めてのフル英語の曲。聞いていて直感的に理解できるのは嬉しい。洋書を買いたいときに、今まではAmazon傘下になったBookdepositoryを使っていたのだけど、会社がなくなってしまった。Amazonの機能の中に吸収されたのか。Amazon Japanは、本を日本で印刷するサービスを強化している。なので、今まで1ヶ月くらいかかっていたところが、本によっては翌日に届く。先日使ってみて、便利だった。便利だったんだけど、異国のものを取り寄せるわくわく感がなかった。そんなに冊数を読めるわけじゃないし、今度は海外に実店舗がある本屋さんから買ってみようと思い立つ。パリのシェイクスピア&カンパニーでは、絶対いつか買いものしたい。アメリカのパウエルズも。全部をAmazonありきで考えなくてもいいんだよな。

    10月28日(土)
    朝一で病院。エコーをふまえて総合的に判断した結果、少し炎症を起こしていたんでしょう、と言われた。頻繁に通院して治療する感じでもなさそう。一旦家に帰る。昼食の太麺豚骨ラーメンを食べたあと、しばらくして、夫が名駅の美容院に行くことになっているのを思い出す。ネットで確認したら、彼の次の枠が空いていた。気分転換したい。うんざりした時間を共にした髪を切りたい。電話で予約して、私も名駅に行くことに。ていねいなメイクをして、お気に入りの赤リップをぽんぽんとつけた。美容師さんと久しぶりに話して、しばらくぶりのショートボブにしてもらって、気持ちが上がった。戻るぞ、日常に。

    10月29日(日)
    以前エントリーしていた賞の受賞者が発表されていて、作品を読んだ。「求められるレベルに至れなかった、精進しよう」というよりは、「目指すものが違うので、落ちてよかった」と思った。とはいえ、今読み返すと、書き直したいところは出てきたけれど。書いた作品をきっかけに多くの人とコミュニケーションできただけで、大きな収穫だった。腕を磨いて、まとめて、自分で出版してみたいなーとぼんやり考え始めた。

  • 夕方、コンビニでビールを買った帰りに夫が言った。
    文学的な響きにドキッとして、続く言葉を待った。
    「車を運転する人からは、いちばん人が見えにくくなる時間帯なんだよ」
    「日中は見える。暗くなれば気をつける。薄暗い時間帯が危ない」
    ああなるほど、そっか、それで透明人間ね。
    期待してたのと違った。

    空が暗くなった。
    彼はスマホをぶんぶんと振って、懐中電灯を起動した。
    私たちの足もとを照らしてくれる。
    ぶんぶんで起動するなんてすごい、と言ったら、いかにそのスマホがすごいかを話し始めた。
    左手にはスーパーで買い込んだ荷物を持ったまま。

    私はあまり、文章単位で美しいと思うとか、ノートに記録しておくことをしない。
    誰が誰に対して、どういう文脈で伝えたかが重要で、部分的な切り取りに意味を感じない。
    今日私に話そうと思ってくれたこと、話してくれたこと、照らしてくれたこと、荷物を持ってくれたこと、全部をまとめて記憶した。

    君といると、世界に彩りが生まれる気がするよ。
    銀色のラメのマニキュアみたいに、キラキラしてる。
    そう言ったら、「ぼくの好みの色じゃない」とかなんとか返してきて、つくづく、ムードのある会話が成り立たないなと思った。

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